- 現在使用できるものを未来にも使用できるよう、その状態を保存する行為。
- 銀河経済学では、消費を先送りすることと定義された。
- 滅亡後には、すでに失われたもののうち、何を未来に残すことができるのかを問う言葉となった。
エネルギーは利子を生まないため、光一単位を千年間閉じ込めても二単位にはならない。完全な鏡のあいだで光子が永遠に反射し続けたとしても、光子は増えない。現実の鏡は光の一部を吸収し、吸収したエネルギーをより長い波長の熱として返すだけである。貯蔵された光は、量が減るより先に有用性を失う。ところが銀河末期の貯蔵空間では、エネルギーに利子がついた。その内部でエネルギーそのものが増えたわけではなかった。貯蔵庫の外にあるエネルギーが老い続けるあいだ、内部のエネルギーはほとんどそのままだったからである。外部のエネルギーは、初期人類のローマ末期の金貨のように、金の含有量が減るにつれて価値を失っていった。昨日貯蔵した恒星光と、今日宇宙に残された廃熱との差は、時間が経つほど大きくなった。貯蔵されたエネルギーの量は同じだったが、それによって可能となる未来の可能性は大きくなった。貯蔵庫の利子は、外部で進行したエントロピーだった。
最初の光子貯蔵装置は、二枚の反射膜で構成されていた。光子は膜のあいだを往復し、反射と測定が繰り返されるたびに一部が失われた。その後、超伝導空洞、重力レンズ、停止光技術が用いられたが、完全な保存は不可能だった。光を閉じ込める装置も物質であり、物質は完全な反射体ではなかった。光子は反射され、測定され、制御されるたびにごくわずかなエネルギーを失い、その損失の大部分は熱として残った。文明は貯蔵時間を延ばすよりも、貯蔵されたエネルギーを絶えず新しいものへ置き換えた。失われた光の分だけ恒星から再び供給し、増えた熱を外部へ放出した。永久貯蔵という言葉は、損失のない貯蔵を意味しなかった。損失を補う施設が永久に作動することを意味した。
最後の科学者は、貯蔵する物体はそのままにして、貯蔵されているあいだに流れる時間を変えた。時間が止まった場所ではエネルギーが入ることも出ることもできなかったため、入口が作動し、状態が分類されるためには出来事の順序が必要だった。彼は、内部の一瞬が外部の数十億年に対応するよう、時間の比率を低くした。外部から見ると、光子は境界を通過した後、停止したように見えた。内部から見ると、無数の光子がほとんど同時に流れ込んできた。互いに数百万年隔たった恒星光も、貯蔵庫では一度の閃光を形作った。光は時間を遡らなかった。時間が光の前で折り畳まれた。その閃光が一か所に集中すれば、貯蔵が始まる前に熱へ変わる可能性があった。貯蔵庫は、入ってきたエネルギーを状態に応じて分離しなければならなかった。短い波長の光は放射区域へ、回転運動は運動区域へ、化学的な位置エネルギーは物質区域へ送られた。それぞれの区域は、異なる時間率と境界を持っていた。外部から猫の首輪より小さく見える入口の背後には、無数の内部が重なり合っていた。最後の科学者は、未来のブラックホールの回転エネルギーによって貯蔵庫の境界を完成させた。流出していたエネルギーは、そのとき初めて集まる場所を得た。光子欠損は、銀河標準時が完成した後になって初めて、一つの現象として認識された。貯蔵庫が作られるはるか以前、ワームホール網に蓄積された時間差が閾値を超えることで新たな流出経路が生じ、ワームホールの数と時間差、エネルギー変換の回数が増えるほど欠損率も高まった。最後の科学者は、その関係を最後まで完全には説明できなかった。確かなことは、欠損の最初の記録が貯蔵空間より古かったという事実だけだった。しかし彼にとって重要なのは過去ではなく未来だった。彼は過去の生命を貯蔵しなかった。再び生命が始まることを可能にする差だけを残した。人間の遺伝子と記憶さえ除外された。