盗んだ午後

今日、担任の先生に早退許可証をもらいに行くまでは、熱っぽいし、頭は痛いし、骨盤と胸はずきずきするし、体はむくむし、なんだか無性にイライラまでしていた。ところが不思議なことに、早退許可証をもらったとたん少しずつ体がよくなってきた気がして、校門を出るころには、あれほど痛かった体の節々がまったく痛くなくなっていた。本当に、イエス様がらい病人を治したみたいに痛みが消えた。頭まで爽快だった。どうも、うちの学校は土地がよくないらしい。

とはいえ、さっきまで本当に具合が悪かったのだ。今ごろ数学の小テストで髪をかきむしっているクラスのみんなのことを思うと、少し申し訳ない気持ちになった。しかも六時間目は、人間睡眠薬ことピョン・ジェホ先生の物理だった。今日早退していなかったら、119に電話して救急車でも呼ばなければならなかっただろう。だから先生たちは私に感謝すべきだ。自分から早退して、こうしてきれいさっぱり治ったのだから。体もすっきりしたことだし、黄金のような金曜日の午後を有意義に過ごそう。

交差点の横断歩道の向こうで、サンが手を振った。私は手を少し上げて下ろした。振りはしなかった。気取っちゃって。朝まではサボるの嫌だとか言っていたくせに、私より先に早退して待っていた。

サンは中学三年のときからの親友だ。学校で私を探したければ、サンがどこにいるかを知ればいい。私たちはトイレにも一緒に行ったし、休み時間もいつもくっついていた。なぜなのか分からないけれど、私はサンといると気が楽だった。理由を挙げろと言われれば何百個でも挙げられるけれど、それでサンと私の関係を正確に説明できる気はしない。ただ、好きなのだ。

サンと私は、一人っ子だということ以外、似ているところが一つもなかった。私はサンより頭一つ近く背が高かったが、だからといって私が背の高いほうというわけではなかった。サンは小さくて、ちょこんとした人形みたいにかわいく、中学生のころから男の子たちに何度も告白されていた。私は告白どころか、親しげな視線ひとつ向けられたことがなかった。

私は共働きの両親から十分なお小遣いをもらって暮らしている一方、サンは一昨年からおばあちゃんと二人きりで古い賃貸アパートに住んでいた。両親が早くに離婚したので、サンは父親とも少し、実の母親とも少し、伯父さんとも少し、父方の伯母さんとも少し暮らした。バスケットボールのパスみたいに家から家へ渡されながら暮らしてきたのに、サンはいつも明るく快活だった。もちろん、それが本心なのか強がりなのかは分からなかった。雨が降っただけで一日じゅう気分が沈む私は、サンのそんな明るい性格がいちばんうらやましかった。

サンには、嫌いな人がたった一人だけいた。実の母親だった。サンは母親のことを「お母さん」とは呼ばず、必ず「実の母親」と呼んだ。そのせいなのか、サンの実の母親はお母さんというより、ずっと遠くにいる見知らぬ存在のように思えた。

サンが私たち二人だけの『灰色のノート』に書いたことを読むかぎり、サンの実の母親は、イエス様でも悔い改めさせるのが難しい女だった。サンが親戚の家で肩身の狭い思いをしているあいだ、養育費を一度も出さなかった。そのうえ一昨年亡くなったサンのお父さんの生命保険金まで、離婚した実の母親が一人で全部持っていった。

お父さんが亡くなる間際、伯父さんは保険金の受取人をサンのおばあちゃんに変えておくべきだと忠告したらしい。ところがなぜか、サンのお父さんはその忠告を無視した。サンは自分のお父さんを大馬鹿者と呼び、「馬鹿には誰も勝てない」といつも言っていた。

二、三か月に一度くらいサンに会っていた実の母親は、数か月前からサンの口座に雀の涙ほどのお小遣いを振り込むことで、母親としての役目を全部果たしたつもりらしかった。

塾に通えるような余裕がないのに、サンの成績は上位だった。特に数学が得意だった。それに比べて私は、とっくに数学をあきらめていた。あきらめると気が楽だった。幸い、少子化のせいで大学のほうが学生に来てもらう立場になっている、というニュースを見たことがある。私みたいに数学を捨てた生徒でも行ける大学が、どこかにはあるはずだ。今から心配したって仕方がない。

高校一年の成績が反映される割合なんて、たった二十パーセントだ。それにスヌンまではまだ時間がたっぷりある。実を言うと、私は運もびっくりするほどいいほうだ。もちろん全部を運任せにするわけにはいかないけれど、少しくらい期待したって別に悪くはないと思う。

サンの家には一度だけ行ったことがある。噂に聞く賃貸アパートだったので、少し怖くて不安だった。でも予想に反して、サンの住む団地はとてもきれいに整っていた。サンの家はうちよりずっと狭かったが、埃ひとつないほどきれいだった。

サンが初めてうちに遊びに来たときに見せた驚いた顔は、ひょっとすると家が広かったからではなく、あまりにも散らかっていて汚かったからなのではないか、と思ったほどだった。

「何て言い訳したの? 先生、すぐ早退許可証書いてくれた?」

サンが言った。

「生理痛。嘘つこうって決めたら、本当に生理痛の症状が出てきたんだよ。お腹は痛くなるし、頭はずきずきするし、胸は締めつけられるみたいだし」

私はサンと腕を組みながら言った。

「才能あるね。やろうと思えば、生理中の女にまで憑依できるんだ」

「弘大に行って冷たいアイスコーヒー飲まない? 今日すごく暑いし、スターバックスどう?」

「あそこは嫌」

「じゃあ美容院行く? もっと暑くなる前にちょっと切ろうかな。それより、あんたはどうやって早退許可証もらったの?」

「おばあちゃんに頼んで、先生にメッセージ一本送ってもらった」

「何て?」

「実は、今から実の母親の病院に行かなきゃならないんだ」

「なんで? どこか悪いの?」

「違う。実の母親が、もう三か月もお小遣い送ってこないんだ」

サンの顔が暗くなった。

「お父さんの保険金を一人で全部取ったくせに、どうして私のお小遣いはくれないんだって言いに病院まで行くって言ったら、おばあちゃんが担任にメッセージ送ったんだって。何て書いたのか知らないけど、先生、心配までして、早く家に帰りなさいって。うちのおばあちゃん、ほんと笑えるでしょ?」

「お小遣い止まってる話、『灰色のノート』には書いてなかったじゃん。秘密のノートじゃなかったの?」

私はサンの事情も知らずにスターバックスだの美容院だの言ったことが申し訳なかった。でも、私に隠している秘密があったことには、ほんの少し寂しさも感じた。

「恥ずかしくて言えなかった。ごめん」

サンが私の腰をくすぐりながら言った。

「とにかく今日は病院まで行って、実の母親のところでひと暴れしてやる。あのお金全部が実の母親のお金ってわけじゃないじゃん。お父さんが私に残そうとしたお金なのに、なんで一人で全部取るのか分かんない。毎月のお小遣いくらいで、ほんと惨めでやってられない」

私たちは地下鉄とバスを乗り継いで、サンの実の母親が働く病院へ行った。外国人労働者がたくさん入院する病院で、特に指を切断した人のための指の再接合手術ではかなり有名なのだという。

サンの実の母親は入院病棟の師長だった。結婚と出産で仕事を中断しなければ、今ごろは市内の大病院で師長をしていたはずなのに、現実はそうさせてくれなかった。

病棟ロビーの大きな時計は二時四十五分を指していた。

「よかった」

サンがほっと息をつきながら言った。

「病棟の師長だから、朝七時までに出勤して三時には上がるんだって」

「私もナースステーションまで一緒に行こうか?」

「いい。ロビーで待って、患者の前で騒いでやる」

私たちは病院のロビーで、サンの実の母親を待った。世界中の病気やけがをした労働者が、ここに集まっているようだった。タイ人、ベトナム人、インド人、フィリピン人たちは、それぞれ自分の言葉で話していたが、別の国の人に話しかけられると流暢な韓国語でやり取りした。

ソウルに十年以上住んでいても韓国語の必要性をまったく感じなかった、と言っていたヨーロッパ出身のあるダンサーとは、ずいぶんな違いだった。

患者たちはみんな、手や腕に包帯を巻いていた。そんな気持ちにはなりたくなかったけれど、この光景を見ていると、どうしても気持ちが沈んだ。

サンの実の母親は、きっかり三時五分にロビーへ下りてきた。

サンが両腕を激しく振りながらずんずん近づいていくと、驚いた実の母親は、

「あなた……ここに、何しに?」

と言ったきり、言葉が続かなかった。まるで何か大きな秘密でも見つかった女みたいだった。

私は心の中で、〈娘なんかいない顔してたな。ばっちり見つかった〉とつぶやいた。

実際、サンの実の母親はサンの手首をつかみ、建物の外へ連れ出そうとした。

サンが、

「私のお金返して!」

と叫びながら暴れると、実の母親はあっという間にサンを引っ張って消えた。

私はサンの鞄までひっつかみ、あとを追って走った。

病棟の駐車場の前で、サンが実の母親に向かって大声でわめいていた。私はそこまで走っていき、サンの後ろに立った。両手を腰に当て、堂々とした姿勢でサンを応援した。

サンの実の母親はハンドバッグからスマートフォンを取り出すと、サンの口座に滞納していた三か月分と、これから渡す三か月分のお小遣いを振り込んだ。

そして振込完了画面をサンの鼻先へ突きつけ、

「これでいいでしょ」

と言った。

サンの実の母親は駐車場の奥へ歩いていきながら、

「ほんと、やることが父親そっくりなんだから」

とつぶやいた。

サンの両目から涙が流れた。

私はサンの手を握り、桜の木陰にあるベンチへ連れていった。サンはひとしきり泣くと、ぺっと一度唾を吐いて立ち上がった。

「もう行こう」

まだ目には涙が残っていたが、声だけは力強かった。

「私がおいしいもの奢る」

私はその言葉に胸が熱くなった。

サンの実の母親が見せた振込完了画面に表示されていた金額は、私の二か月分のお小遣いより少なかった。家庭教師代まで合わせれば、サンの半年分のお小遣いは、私が一か月で使う金額にはるかに届かなかった。

「じゃあ、世界でいちばんおいしいトッポッキにする」

私は幸せそうな顔をして、わざと大げさな口調で言った。

サンの実の母親の病院から弘大までの道のりは、遠く険しかった。

地下鉄駅へ向かうバスがなかなか来なくて長いこと待ったのだが、案の定、やってきたバスは満員だった。

乗客の一人がどうしてこんなに遅いのかと文句を言うと、運転手は前を走っていたバスが接触事故を起こしたのだと説明した。それなのにその乗客は、それでもこんなに遅れたら困るじゃないかと、わけの分からない言いがかりをつけた。

前のバスの事故を、どうして後ろのバスの運転手に文句を言うのか理解できなかった。

バスが走り出すと、今度は冷房がどうしてこんなに弱いのかとぶつぶつ言い始めた。まるで文句をつけることそのものが目的みたいにいつまでも不平を言い、ほかの乗客まで嫌な気分にさせた。

地下鉄の中も乗客でぎゅうぎゅうなのは同じだった。

両脚ががくがくして、妊婦優先席にでも座りたかったけれど、制服姿ではさすがにできなかった。

翌日、〈女子高生妊婦〉なんて題名で私の写真がネット中に貼られていたらどうする。

一度個人情報を掘られたら魂まで全部掘り返されて、人生のどん底へ転げ落ちるほうが、学校をサボるより簡単な世の中だ。

とにかく五時間目の数学と六時間目の物理をサボった代償にしては、金曜日の午後のバスと地下鉄はあまりにもひどかった。

弘大へ向かう地下鉄で、母にサンとご飯を食べて帰るとカカオトークを送ろうとしたら、先に母からメッセージが来た。

「娘、ママ今日ちょっと遅くなりそう」

私は少し拗ねた調子で返した。

「なんで? また一人で食べるの? パパも今週は帰れないって言ってたじゃん」

父は去年の秋、羅州革新都市へ転勤になり、二週間に一度、金曜日だけ家へ帰ってきた。そして週末じゅう「疲れた」を口癖みたいに言い続け、日曜日の午後になると会社のバスに乗って羅州革新都市へ戻っていった。

父は、いくら無料でも四時間以上バスに乗るのはあまりにつらいと言った。

私がKTXに乗ればいいじゃないかと聞くと、KTX代が十万ウォン、それとは別にタクシー代が四万ウォンもかかるのだという。そうやって月に二回ソウルの家に帰れば二十八万ウォン、四回なら五十六万ウォンだった。

そこで私は、KTXとタクシーで月に二回だけ帰ってきて、残った交通費の半分を私のお小遣いにしてくれたらどうかと聞いてみた。

すると父は、それならいっそ家族みんなで羅州革新都市へ引っ越そうと言った。

結局、その話はなかったことになった。

父が家にいなくて寂しいことも多かったけれど、その代わり夫婦喧嘩を見るのが月に二回ですむという利点もあった。

「ママが渡したカード持ってるよね?」

「うん」

「サンも呼んで、食べたいもの何でも頼んで食べなさい」

「うん」

「娘、週末に一緒に買い物行こう。夏服何着か買ってあげる」

夏服という言葉を見た瞬間、いい考えが浮かんだ。

「ママ、あのね……」

「何? うちの娘、急に何かしたいこと思いついた?」

「ううん」

「言ってみなさい」

「今日、サンとアビーロードで半ズボンと半袖、一着ずつ買って着てもいい?」

既読の「1」が消えたのに返事が来ないので少し不安になったが、仕事のせいで会話が途切れることはよくあるので、とりあえず我慢して待った。

二十分ほどして返事が来た。

「いいよ。アビーロードでは一着ずつだけね。明日ママがちゃんとした服買ってあげる。愛してるよ、娘」

私は絵文字を爆弾みたいにどっさり投下して、「愛してる」の代わりにした。

「やった。ママ、今日遅いんだって」

私はにっこり笑って言った。

夏服の話はまだ出さなかった。

「弘大でちょっと遊んでから、うちに行こう。ママが、あんたと家で何でも好きなもの頼んで食べろって。どう?」

サンがふっと笑って答えた。

「いいよ」

サンがおばあちゃんにメッセージを送っているあいだ、私は頭の中で今日の予定を組み始めた。

〈弘大に着いたら、まずアビーロードで涼しい半袖シャツと短パンを買って着よう。地味な制服は鞄に突っ込んで、サンと一緒に派手に変身するんだ。それからヨプトッポッキを食べに行こう。ヨプギトッポッキのセットを一つ頼む。餃子と野菜の天ぷらとキムマリまで全部入ったAセットにしよう。

ヨプトッポッキの〈オリジナル〉は辛すぎるから、〈辛さ控えめ〉を頼めばサンもちゃんと食べられる。サンは外では強がってるけど、ほんとは中身はおとなしいから辛いもの苦手だもん。

オデンは別に一皿頼もう。そうすると二万ウォン超えるけど、どうしよう。そうだ、これはうちのママの奢りだって言おう。サンが嫌だって言ったら、サンにもプライドがあるから、カカオフレンズストアでライアンのボールペンを一本買ってもらえばいい。それくらいならサンも負担じゃないはず。

スターバックスで甘いコーヒーを一杯飲めば癒やされるのに、どうしてサンは嫌がるんだろう。ひょっとしてコーヒーが高すぎるからかな。それならママのお金で行くんだからいいじゃんって言って、もう一度誘ってみよう。〉

地下鉄の駅を出ると、弘大の通りも人であふれていた。

狭い路地は、人、自転車、バイク、乗用車、バスが入り乱れて、ごった返していた。

私は静かなうちの近所より、混雑して汚い弘大の街のほうが好きだった。

「こんなことなら私服くらい持ってくればよかった」

私はそれとなく服の話を切り出した。

「うちらの制服、目立ちすぎじゃない?」

「じゃあ、アビーロードで夏服一着買って着る?」

「ねえ、あんた霊感でもあるの?」

「霊感?」

「さっきママとカカオトークしてて、アビーロードで夏服買っていいって許可もらったんだ。あんたと私で一着ずつ買おう。うちのママが買ってくれるって」

「ほんと? でも、それは……」

サンが断る前に、私は腕を組み、少し鼻にかかった声で言った。

「高いのじゃなくて、安いのでいいじゃん。今日仁川まで行った記念に、一着ずつ買おうよ」

「ガラムって、ほんと優しいね」

「サン、泣かないで」

「私がなんで、うちのお父さんを大馬鹿者って呼ぶか知ってる?」

「実の母親に取られた保険金のせい?」

「それもあるけど、お父さんが死ぬ前に言ったことのせい」

「何て言ったの?」

「人の胸の中には、仏様やイエス様みたいな心と、悪鬼の心が一緒にあるんだって。人と会うときは、その人の善い心と関係を結べって。でも当の本人は、自分の悪鬼で他人の悪鬼とばかり出会って、一生地獄の中で暮らしたんだってさ。いい大人が死ぬときになって、やっとそんなことに気づいたなんて馬鹿みたいじゃない? ガラムなんてまだ十七歳なのに、もう全部分かってるのに。うちのお父さん、ほんと大馬鹿者だよ」

私はサンの言葉には答えず、組んだ腕にもっと力を入れることで気持ちを伝えた。

泣きやんだサンと私は、元気よくアビーロードへ向かって歩いた。

バーゲン期間でもないのに、店の中は足の踏み場もなかった。

サンはチェック柄の半袖シャツと黄色い短パンを選んだ。もともとかわいい子なのに、ますますかわいく見えた。

この格好で弘大を歩いたら、携帯番号を聞きたい大学生が列を作りそうだった。

私は白い丸首シャツとオレンジ色の短パンを選んだ。

私たちは制服を鞄に突っ込み、私服姿でアビーロードを出た。

丸首シャツのせいで首が長すぎて見える気がして、ずっと気になっていた。でもサンが大丈夫だと言ったので、もう気にしないことにした。

ヨプトッポッキを食べに行く途中、サンに携帯番号を聞いてくる大学生が二人もいた。

たぶん丸首シャツのせいだろうけど、私の携帯番号を聞く大学生は一人もいなかった。

私はサンに、いちいち相手するのは面倒なんだから、最初から携帯番号を名札にして胸につけて歩けばいいと言った。

サンは、それは本当にいい方法だと言い、大学生になったら絶対そうして歩く、と明るく笑った。

いつの間にかサンの笑顔が私の顔にまで広がった。

私たちは一緒にけらけら笑いながら、弘大の街を闊歩した。

数日前からガラムは、金曜日の午後の授業をサボって弘大へ遊びに行こうと、『灰色のノート』でありとあらゆる甘え方をして私にせがんでいた。

ガラムは天気に気分を左右される。憂鬱な雨も降らず、陰気な風も吹かず、暖かな日差しが降り注ぐと、心がそわそわして外へ出たくなるらしい。

今年の春は微細粉塵と黄砂がひどかったせいか、早く来た暑ささえ祝福のようだった。

ガラムは週末になると両親のせいで自分の時間がなかった。

二週間に一度家へ帰ってくる父親は、ガラムをポケットに入れて持ち歩くみたいに、どこへ行くにも連れて歩き、広告会社の役員をしている母親は、平日にできなかった母親業を土日にまとめてやった。

ほんと、恵まれたやつ。

五時間目の数学は私がいちばん好きな科目だったが、六時間目の物理は本当に……まあ、やめておこう。

ピョン・ジェホ先生は数日前の授業で、高校生の五十六パーセントは十億ウォンもらえるなら罪を犯して刑務所へ行ってもかまわないと答えた、というアンケートを持ち出し、まるで私たちが犯罪者予備軍であるかのように延々と説教を続けた。

自分が説教しなければ世の中が回らないと思っている人種は大嫌いだった。

どうして大人は、あんなゴミみたいなアンケートをするのか分からない。

十億ウォンのために良心を売るのは間違っていると自分たちが手本を見せるわけでもなく、高校生の私たちに向かって、〈ほら見ろ、お前たちだって大したことないじゃないか〉と皮肉っているようにしか思えなかった。

歳だけ取れば大人だと思っている人間は最悪だ。

時間さえ過ぎればただで増えるのが歳なのに、それを戦場でもらった勲章みたいに思い込むにもほどがある。

よし。今日の午後の授業はサボることにしよう。

まあ、ガラムのためだけってわけじゃない。

実は、実の母親が三か月もお小遣いを送ってこなかった。

電話しても出ないし、メッセージにも返事がない。

今週は引き出しの中の小銭入れにある金でどうにかしのいだけれど、来週になったら完全に一文無しだった。

汚くて惨めだけど、実の母親のところへ行って問い詰めるしかない。

ガラムに奢ってもらうのだって一度や二度ならともかく、このままでは本当に魂まで蒸発しそうだ。

どうして大馬鹿者のお父さんは伯父さんの言うことを聞いて、保険金の受取人をおばあちゃんに変えておかなかったんだろう。

良心だけはあったのか、私のお小遣いくらいは自分で面倒を見ると伯父さんに約束したらしいが、全部口だけだった。

一度だって決まった日に送ってきたことがない。

お小遣いをくれと電話するかメッセージを送らなければ、送ってこなかった。

「忙しかった」ほど都合のいい言い訳がほかにあるだろうか。

バイトでも始めようか。

いや、絶対にだめだ。

わずかなお小遣いのために、血みたいに大切な時間を捨てたくはない。

私は大学へ行く。

それも、いい大学へ行かなければならない。

学生簿総合選考や学校成績で勝負するより、スヌン一本に賭けるほうが、うちの家の事情にも私の性格にも合っている。

他人に愛想を振りまくくらいなら、死んだほうがましだ。

あと二年半だけ我慢すればいい。

大学に全額奨学生で入って、見せつけるように自分の道を歩いてやる。

伯父さん、伯父さんの奥さん、従姉に大学の合格通知を見せたら、みんなびっくりするだろう。

従姉は大人の前では私と仲がいいふりをしていたが、陰では意地悪という意地悪を全部した。

結局、従姉のいびりに耐えられなくなって、私は伯父さんの家を出ておばあちゃんの家へ移った。

従姉は今年大学に入ったが、何度聞いても大学名を覚えられないような大学だった。

どうせ数年後には新入生が集まらなくて廃校になるに決まっているような大学に、どうして入るのか理解できなかった。

もし私が目をつけている大学に入ったら、みんな脳卒中で倒れるだろう。

服のサイズが2XLの父方の伯母さんには、絶対に合格したことを知らせないでおこう。

本当に卒中を起こすかもしれない。

父方の伯母さんは二年前にも軽い発作を起こしたことがある。

ゲームオタクの従兄がゲームアイテムに数百万ウォン使っただけでは足りず、ネットのギャンブルサイトで一千万ウォン以上も失ったのだ。

一千万ウォンって、いったいどれほどの大金なんだろう。

従姉と従兄は、どちらが上か決めるのが難しいくらい馬鹿だった。

それでも従姉のほうがほんの少し馬鹿だった。

なぜなら、従兄は自分が馬鹿だと知っていたけれど、従姉はそれすら知らなかったからだ。

この二人はひどく仲が悪く、会えば必ずお互いをこき下ろしていた。

残念なことに、この二人が口にする山ほどのたわ言の中で、それだけが唯一の真実だった。

午後の授業をサボると決め、担任から早退許可証をもらって学校前の交差点でガラムを待った。

十分ほどするとガラムが見えたので、私は手を上げて大きく振った。

ところがガラムは手をちょっと上げて下ろしただけだった。

ほんと、誰が気取り屋じゃないって言うんだ。

でも私のところへ来るなり、ぎゅっと腕を組んでくるのがかわいかった。

ガラムは私を見るなり、弘大のスターバックスへ行こうだの、美容院へ行こうだの、嬉しそうにしゃべり続けた。

私の事情を知っているガラムは、いつも私の分まで払った。

ガラムが毎年集めているスターバックスのダイアリーが、別にうらやましいわけではなかった。

でも、いつか私にもあんなダイアリーが一冊できたら、ガラムに、

「これ、あげる」

と言ってみたかった。

それでも私には、どんなダイアリーより『灰色のノート』のほうがずっと大切だった。

私は『灰色のノート』には八十七パーセントくらいの真実を書いていた。

あのノートがなかったら、私は狂っていたかもしれない。

中学三年の秋からガラムと一行ずつ書き始めたものが、いつの間にか空白のページが一枚も残らないほど、いろんな出来事でいっぱいになっていた。

ガラムは、私が『灰色のノート』に隠していることが多いといつも文句を言うけれど、それはガラムも同じだった。

去年の夏、駐車場でガラムのお母さんが……。

いや、それは言わないでおこう。

ガラムがノートに書かなかったことを、私が勝手にしゃべりたくはない。

とにかくガラムも、『灰色のノート』には八十七パーセントくらいしか真実を書いていない。

残りは明かさないほうが、ひょっとするといいのかもしれない。

大馬鹿者のお父さんと実の母親のあいだを見ても、真実より怖いものはない。

ほどほどの取り繕いがあるからこそ、人は距離を保って楽に生きられるのかもしれない。

取り繕いがなければ体面もなくなるだろうし、そうなれば人と人のあいだは真空状態になって、何の抵抗もなく傷つけ合うに決まっている。

ガラムと私のあいだも、十三パーセントの余白があるからこそ、互いに影を落とさず、後ろめたくなくいられる。

実の母親が働く仁川の病院までガラムもついてくると言い張ったので、少し驚いた。

最初は私一人で行くから、弘大のスターバックスで待っていろと言った。

するとガラムが拗ねてしまい、どうしても一緒に行かないわけにはいかなくなった。

結局、私たちは地下鉄とバスを乗り継ぎ、遠い遠い仁川まで遠征することになった。

今度実の母親に会えば、ほぼ半年ぶりだった。

実の母親は、私がお父さんに似ているから嫌いだった。

私も、そんな実の母親が嫌いだった。

実の母親が私を嫌う理由は弱かったが、私がそうする理由は堂々としていて正当だった。

自分を嫌う人間に親切にするなんて、馬鹿のすることだ。

病院で死にかけていたお父さんは、善い心だの悪鬼だのと、まるで仏様かイエス様になったみたいにしゃべっていたけれど、本当に大切なことは全部見落としていた。

お父さんと少し、実の母親と少し、伯父さんと少し、父方の伯母さんと少し、そしておばあちゃんと少し暮らしながら、私が悟ったことが一つあるとすれば、〈相手が優しくすれば、こちらも優しくする〉という絶対不変の真理だった。

ひと騒ぎ起こしてお小遣いをもらったら、後ろも見ずに帰ってやる。

泣いたりもしない。

混んだ地下鉄の中で、ガラムは音楽を聴くと言ってイヤホンを耳に入れた。

ガラムがもう少し勉強してくれたら、どんなにいいだろう。

高校一年なんて学校成績の反映率は二十パーセントしかないとはいえ、ガラムを見ていると、高一ではなく中学四年生に見えるときが多かった。

高校一年で最初に受ける模擬試験の順位が、そのままスヌンまで続くという事実を知っているのかいないのか、あまりにのんびりしている。

大学に入ってからも仲良くしていたいなら、似たようなレベルの大学に入るほうがいいのに。

それでも、私はガラムがいちばん好きだった。

ガラムは、乾いた干し草の山みたいにぱさぱさした私とはずいぶん違った。

人間の体のほとんどは水分でできているというのに、私の体と心は何年も日照り続きでからからだった。

川みたいなガラムに出会えていなかったらどうなっていたか、想像したくもない。

一時間半かけて、実の母親が働く病院に着いた。

今は入院病棟の師長をしているが、前は外来病棟で働いていた。

結婚前は手術室で仕事ができることで有名だったらしい。

実の母親は、手術室のことを必ず「手術部屋」と呼んだ。

実の母親は、軽い交通事故で入院したお父さんと病院で初めて会った。

今でもそのことを思い出すだけで腹が立つのか、

「偽患者なんかと恋に落ちた私が馬鹿な女だった」

と何度も言った。

四十三歳で死んだお父さんは、親戚たちの話によると、詐欺師の素質がかなりある無能者だった。

実の母親の実家のお金までかなり使い込んだらしい。

うちの家族の中でまだ理性的で中立的な伯父さんの奥さんによれば、実の母親がお父さんの生命保険金を全部受け取ったことを、そこまで悪く言う必要はないのだという。

ひょっとするとお父さんは、実の母親に負っていた借金を保険金で返したかったのかもしれない。

伯父さんの家に住んでいたころ、伯父さんの奥さんは自分を「お母さん」と呼ぶように言ったが、私は別に嫌ではなかった。

伯父さんの奥さんは本当に母親になろうとずいぶん頑張ってくれたし、そのおかげで私は悪い道へそれずにすんだ。

何から何まで古臭いおばあちゃんより、それでもきちんとした家族らしい雰囲気のある伯父さんの家のほうが好きなときも多かった。

伯父さんの奥さんは私にとって最後の非常口だった。

本当にどこにも頼るところがなくなると、伯父さんの奥さんに電話した。

すると伯父さんの奥さんは理由を聞かず、必要なお金を送ってくれた。

もちろん大金ではなかったけれど、そうやってちょうど三回、秘密のお小遣いをもらったことがあった。

三時五分。

実の母親がロビーへ下りてきた。

私は大きく一度息を吸い込み、実の母親に向かって突進した。

けれど心臓が破裂しそうなくらい速く打っていて、何も言えなかった。

実の母親も驚いたのか、言葉を詰まらせながら私を建物の外へ連れ出そうとした。

私は暴れながら、

「私のお金返して!」

と叫んだ。

すると実の母親は、あっという間に私を引っ張って建物の外へ出た。

私は死ぬほどの力で、自分のお金を返せと叫び続けた。

あの瞬間だけは何も目に入らなかった。

もうどうにでもなれ、という気持ちしかなかった。

ガラムが隣にいることは分かっていたが、恥ずかしくなかった。

これよりひどい姿だって、どれだけたくさん見せてきただろう。

それでも私は悪い子にはならなかったし、被害者意識に取りつかれて他人を恨んだりもしなかった。

むしろ自分の境遇を人に同情されるのが嫌で、何も表に出さなかった。

先生たちはいつも問題児に時間を使っていて、普通の子には関心を向けなかった。

私は、関心なんて必要のない普通の子になりたかった。

だから誰よりも努力した。

けれど今この瞬間だけは、全部を爆発させなければ永遠に負け犬になるような気がした。

私はたった十七歳だったけれど、怒るべきときに怒りを我慢すると、あとで何倍もの代償を払わなければならないことを、誰よりもよく知っていた。

実の母親は私を駐車場まで引っ張っていくと、ハンドバッグからスマートフォンを出し、滞納分まで合わせて六か月分のお小遣いを送ってくれた。

結局、私の勝ちだった。

私は泣かなかった。

ところが実の母親が駐車場の奥へ歩いていきながら、

「ほんと、やることが父親そっくりなんだから」

と言った瞬間、自分でも分からないうちに涙が流れた。

私は拳を強く握り、声を出して泣かないよう必死にこらえた。

でもガラムが私の手を握ってくれたら、もう泣くのを我慢できなかった。

ひとしきり泣いたあと、全身から力が抜けるどころか、逆に生きてやろうという闘志が湧いてきた。

私は涙を拭きながら、生きていれば望みのないことも起きるし、思いどおりにいかないこともあるだろうけれど、絶対に自己憐憫にだけは陥らないと誓った。

私は思いきり、ぺっと唾を吐いてベンチから立ち上がった。

弘大へ向かうバスと地下鉄の中で、ガラムは何か楽しいことでもあったのか、カカオトークをしながらにこにこしていた。

炎天下で二十分以上バスを待たなければならなかったし、地下鉄も満員だったのに、疲れた様子をまったく見せないので、申し訳ない気持ちまでした。

お母さんから、夕方まで私と一緒に過ごしていいと許可をもらったと言ってガラムが嬉しそうにしたので、今日だけはガラムの好きなようにさせようと思った。

〈ガラムは久しぶりに弘大へ来たんだから、きっとアビーロードへ服を買いに行こうって言うだろう。今度は私のほうから先に言わなくちゃ。

去年着ていた夏服はもう小さくて入らないし、どうせ私も夏服を一着買う時期だったじゃない。

ヨプトッポッキへ行ったら、今日は〈辛さ控えめ〉じゃなくて、ガラムの好きな〈オリジナル〉を頼もう。

ちょっと辛いけど、たれをこそげ落として食べれば、食べられないほどじゃない。

ヨプトッポッキは私が奢るって言ったけど、ガラムはきっとお母さんを口実にして自分が払おうとする。

それならそれはガラムに払わせて、カカオフレンズストアで私たちの二冊目の『灰色のノート』を一冊プレゼントしよう。

たぶん、これはガラムもまだ考えてないはず。

それからガラムがいちばん好きな、スターバックスでの「癒やし」ってやつも一緒にしよう。〉

地下鉄の中でそんなことを考えながら幸せな気分に浸っていると、いつの間にか弘大駅に着いた。

やっぱり予想どおり、地下鉄の外へ出るとガラムはそれとなく私服の話を始めた。

私は計画どおり先手を打って、アビーロードへ夏服を買いに行こうと言った。

するとガラムは、もうお母さんから許可をもらったから、私の夏服も買おうと言った。

鼻の奥がつんとして、目に涙が浮かんだ。

ガラムは腕を組みながら、仁川遠征の記念だからと言って、私の自尊心まで気づかってくれた。

私は急に、大馬鹿者のお父さんのことを思い出した。

それで、仏様やイエス様の心と悪鬼についてのお父さんのくだらない哲学を話してやった。

ガラムは何も言わず、組んだ腕にもっと力を入れた。

これは、ガラムが私の話に完全に同意しているときに送る合図だった。

アビーロードで素敵な夏服を一着ずつ買って着たガラムと私は、ヨプトッポッキを攻略するために弘大の街を闊歩した。

金曜日の午後なので、通りは人で埋め尽くされていた。

人々は互いに肩をぶつけながら前へ進み、後ろへ下がった。

「ガラム、靴ひもほどけてる」

私はしゃがんで、ガラムのスニーカーのひもを結んでやった。

「ガラム、あんた生理……」

私が最後まで言い終わる前に、ガラムが叫んだ。

「わあ! よかった!」

ガラムも私も、今日は偽物の生理を口実に授業をサボったことがずっと引っかかっていた。

これでようやく、少しは胸を張れる気分になれた。

だからといって、ものすごくというほどではないけれど……。

— 終 —