1
「私はなぜ自殺しないのか?」
〈論理学〉の試験に、変わった問題が出た。今学期ずっと、真理関数、帰納的推論、単称量化子や全称量化子などで哲学科の一年生たちを苦しめてきたアン・ジュヒ教授が、黒板にただ一つだけ問題を書いてチョークを置くと、学生たちの気の抜けたため息と安堵の息が入り交じった。誰かが手を挙げて、論理学と自殺に何の関係があるのかと質問してもよさそうなものだったが、そんな学生は一人もいなかった。互いの様子をうかがっていた学生たちは、一人、また一人と頭を下げ、答案を書き始めた。しばらくすると、教授は静かに教室を出ていった。
一時間後、アン・ジュヒ教授が戻ってきたとき、教室には私一人しか残っていなかった。教授は学生たちが提出した答案を読み始めた。口元に笑みが広がった。教室の外は史学科の学生たちで少し騒がしかった。空き教室だと思って扉を開ける学生までいた。教授は教卓の上の答案と出席簿をまとめながら言った。
「キム・シンさん。時間ですよ」
私は席を立ち、答案を提出した。教授はそれを受け取り、穏やかな目で私を見た。
「哲学は副専攻でしたよね? フランス文学科でしたっけ?」
哲学を副専攻に選ぶ学生は珍しかった。そのせいか、哲学科の教授たちは副専攻の学生の顔をほとんど覚えていた。点数に押し流されるように哲学科へ入った学生たちより、遅れて哲学を学び始めた副専攻の学生たちの真剣さを好んでいるようでもあった。
「はい」
「論理学は専攻必修だから、白紙答案を出したら困ることになるんじゃないですか?」
「時間が解決してくれると思います」
教授は意外そうな顔をした。
「白紙答案を出すつもりだったのに、どうして一人で教室に残っていたんです?」
「学生たちが出した答案がなくなると困ると思って。私までいなくなったら、廊下にいる史学科の学生が教室に入って、答案を読むかもしれないじゃないですか」
「まだ試験は残っているんですか?」
「いいえ。論理学が最後です」
教室の扉が開き、クラス代表らしい学生が、丁寧に教室を空けてほしいと言った。
「少し研究室に行きませんか?」
私は腕時計をちらりと見た。
「そんなに時間はありません」
「お茶一杯くらいなら大丈夫?」
「はい。それくらいなら……」
私たちは教室を出て、教授研究棟へ向かった。私はアン・ジュヒ教授の二、三歩後ろをゆっくり歩いた。教授は足を止め、私が隣まで来るのを待った。しばらく並んで歩いたが、すぐにまた距離が開いた。私は、別の約束があるとでも言って断ればよかったと後悔しながら、歩幅を小さくしていた。
「冬休みは、何か特別な予定でもあるんですか?」
マグカップを差し出しながら教授が言った。
「論理学をもう一度勉強しないといけないんじゃないでしょうか。来年も落としたら副専攻として認めてもらえませんから」
「落第の心配はしなくていいですよ。そもそも正解のある問題じゃなかったんだから。それにしても、どうして何も書かなかったんです?」
「私が自殺しない理由を、誰かが知る権利はないと思ったんです。それは私的なことじゃないですか」
「謝らないといけませんね。ごめんなさい」
「謝る必要はありません」
教授は引き出しを探りながら、何かを探していた。
「タバコ、いります?」
私は自分のタバコを差し出した。
「ありがとう。吸いたければ吸っていいですよ」
私は吸わなかった。教授は窓を少し開けた。タバコを吸い終えると、本棚から一冊の本を取り出し、私に差し出した。
「読んでみません?」
カミュの『シーシュポスの神話』だった。
私は本を受け取りながら、無意識に腕時計をちらりと盗み見た。
「約束があるって言ってましたっけ?」
「いいえ。約束があるわけじゃなくて……。さっきは、口頭試験でも受けることになったら困ると思って、時間があまりないって言ったんです」
教授が笑うと、私の顔にも思わず笑みが広がった。
「嘘をつかない性格なんですね」
教授はオーディオにCDを一枚入れた。音楽のせいか、気まずさが少し薄れた。
「どうして論理学の試験に、あんな問題を出したんですか?」
「哲学科の一年生なら、一度くらい考えてみてもいい問題でしょう。ウィトゲンシュタインは、非論理的な人生を送った代表的な論理学者です。裕福な家の相続人だったのに、相続を放棄して田舎の学校で子どもたちを教えた。彼の人生を論理記号で説明できるでしょうか。ある命題が真か偽かなんて、言葉遊びですよ。世界は真と偽で判定できるような場所じゃないでしょう」
「私はマイルスよりモンクのほうが好きです」
私は信号機の描かれたマイルスのプレスティッジ盤のジャケットを指さしながら言った。
「私は論理学者だからかな。モンクみたいに神秘的で霧に包まれた音楽より、マイルスみたいに輪郭のはっきりしたもののほうが好きなのかもしれない」
教授はもう一本タバコに火をつけた。外は少しずつ暗くなっていた。
「それにしても、どうして就職の役にも立たない哲学を副専攻に選んだんです?」
「むしろ役に立つんじゃないですか? 哲学って音楽や美術みたいなものでしょう。なくても食べていくには困らないけど、知れば別の次元の世界が開けるじゃないですか」
教授は穏やかな笑みを浮かべて私を見た。ノックの音がすると、大学院生の助手が部屋に入ってきた。私は、そろそろ帰りますと教授に言った。
「私は休みのあいだ毎日研究室にいるから、学校に来ることがあったら時々寄ってくれます?」
助手が私をじっと見ていた。私は少しためらった。
「はい。学校に来たらご挨拶します」
2
冬。雪より雨の多い冬だった。どす黒くぼんやりした日が続いた。私は毎日大学の図書館で勉強していたが、アン・ジュヒ教授の研究室には寄らなかった。
「私は、あなたが孤児みたいだから好き」
クラシック音楽サークルの部室でヨンスがそう言ったとき、私はその意味が分からなかった。ただ、私が孤独で寂しそうに見えるという意味だろうと聞き流した気がする。ヨンスは哲学科の学生だった。三浪という肩書きに加えて内向的な性格だったため、親しい人は周りにほとんどいなかった。彼女はフランス文学科の復学生である私に、哲学科の細かな連絡事項を教えてくれた。また、ときどき人文学部の学生食堂で私が一人で食事をしていると、私の隣にそっと水の入ったコップを置いて、そのまま消えることもあった。彼女はモーツァルトとショパンを好んで聴き、私は部室に一人でいるとき、マーラーの歌曲を聴いていた。
「孤児? 誰だっていつかは孤児になるだろ。孤児になったことのない人間こそ、いちばん大きな親不孝をする人間だ。祖死父死子死孫死は、孝行の基本だ」
私の言葉にヨンスはふっと笑った。モーツァルトのピアノ協奏曲が終わると、ヨンスはアルバイトに行くと言って部室を出た。しばらくすると新入生たちが一枚ずつCDを手にして部室の扉を開けた。入るべきかどうか、もじもじしながら迷っていた。私は部室を出た。
朝からしとしと降っていた雨は夕方になるころ雪に変わり、刺すような風のせいで道は凍りついていた。何を考えていたのだろう。私は教授研究棟のほうへ足を向けた。そして気がつけば、アン・ジュヒ教授の研究室の扉をノックしていた。中からは何の気配もなかった。私は自分の耳を一度強く引っ張り、エレベーターのほうへ歩き始めた。そのとき研究室の扉が開き、アン・ジュヒ教授の声がした。
「キム・シンさん?」私が振り返ると、教授は言った。「ノックを一回しかしない人なんている? それは礼儀じゃないでしょう」
「すみません。つまらないことでお邪魔するみたいで」
教授の少し澄ました表情が、すぐに明るくなった。
「大丈夫。早く入って。温かいお茶でも飲んでいって」
研究室にはタバコの煙が立ちこめていた。
「このタバコ、やめなきゃいけないんだけど」
教授は窓を少し開けた。
「コーヒー? それとも」
「コーヒーでお願いします」
私は鞄からCDを一枚取り出して教授に差し出した。教授は少し驚いた顔をした。
「モンクの音楽の中では、これがいちばん輪郭のはっきりしたアルバムだと思って」
「そう。ありがとう。今、聴いてみる?」
「いいえ。一人のときに聴いたほうがいいと思います。モンク自身についての音楽だからなのか、何人かで聴くと味が出ないんです。モンクを聴くと、世界が静かになります」
「そう? じゃあ一人のときに聴くことにします。それにしても、ジャズに詳しいんですね」
「何となく、そうなりました。軍隊にいたとき、母と兄を交通事故で亡くしたんです。兄がジャズをすごく好きでした。遺品のうち、LPとCDは私が保管することにしたんです。それで自然に聴くようになりました」
「余計なことを聞いてしまったわね。ごめんなさい」
「もう全部昔のことです。時間は感情まで食べてしまうのか、今では何とも感じません」
教授はタバコを取り出した。私たちは一緒にタバコを吸った。
「哲学科の一年生にも、白紙答案を出した学生がいたんですよ」
「イ・ヨンスですか?」
「あら。どうして分かったの?」
「あの子以外に、そんなことをしそうな一年生はいない気がして」
「もしかして彼女? イ・ヨンスは落第させればよかったわね」
教授はいたずらっぽい顔で笑った。
「そんな深い仲じゃありません。私がフランス文学科だからなのか、いろいろ面倒を見てくれるんです」
「女子の後輩に人気がありそうだけど」
私は腕時計をちらりと見た。
「約束でもあるの?」
「軍隊にいたとき、時計を見る癖がついて。なかなか直らないんです。数日前にウィトゲンシュタインを一冊読みました」
「何を?」
「『論理哲学論考』です」
「頭の痛くなる本でしょう」
「私は限界についてのところに惹かれました。言語の限界、世界の限界、認識の限界。それから、人生の限界。自殺も結局、限界の問題なんじゃないかと思ったんです」
教授の口元に笑みが広がった。そして卓上カレンダーを手に取り、予定を確認してから言った。
「今夜、一緒に夕食を食べません? 特に約束がなければ」
私たちは食事の代わりに、ビールと軽いスナックをつまみながら、哲学者たちを肴に話した。始まりはウィトゲンシュタインだった。彼が教師時代の経験をもとに書いた『小学生のための辞書』の話をするとき、アン・ジュヒ教授は少し浮き立って見えた。この辞書はアルファベット順ではなく、同じ種類の単語を中心に派生語を加えていく方式なのだと言い、いかにもウィトゲンシュタインらしい構成だと話した。しかし、彼がある生徒の手のひらを叩いた事件のせいで、結局教師を辞めざるを得なかったという話になると、長いため息をついた。やがて話は自然にクリムトへ移った。ラヴェルの『左手のための協奏曲』について話していたころ、私は少し酔いが回ってきた。そのあと何を話したのかは、よく覚えていない。ただ、教授が留学時代に結婚した夫のことを、過去形で話していたことだけがぼんやり記憶に残っていた。
薄氷の張った道はひどく滑った。
「お宅はどちらですか?」
「歩いて五分くらい」
「お送りします」
「大丈夫。シンも家に帰らないと」
凍った路面で教授が一瞬、体のバランスを崩した。私は転びそうになった教授の手をつかんだ。
「大丈夫。一人で帰るから」
教授は、私がつかんでいた右手を握り込んだ。そして私の手の中から、そっと拳を抜いた。
「また研究室に遊びに来るでしょう?」
「はい」
私は教授が転ばないか心配で、その姿が完全に視界から消えるまで目を離さなかった。
アン・ジュヒ教授とビールを飲んでから、私は週に一、二度、研究室を訪れるようになった。時には教職員食堂で昼食をごちそうになり、教授が貸してくれた本を読んで、その話をした。
「私、形而上学を専攻すればよかったのかも。学生のころは存在論なんて雲をつかむような話だと思って、興味がなかったんだけど。勉強すればするほど、アリストテレスがどうしてこれを第一哲学と呼んだのか、分かる気がするの」
私はにっこり笑った。
「あら。どうして?」
私は顔を赤らめたまま、何も答えられなかった。
3
「明日、海を見に行かない? 冬の海」
ヨンスがアルバイトを終える日、部室で慎重そうに言った。
「海?」
「嫌?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ決まりね。昨日、切符も二枚、先に取っておいた。江陵のほうが近いけど、やっぱり束草に行きたい。束草には山もあるし、湖もあるし、海もあるでしょう」
最近、ヨンスはぎこちない化粧を始めていた。そのせいか、すっぴんのときより生き生きして見えた。
「高速バスなら五時間はかかるだろ」
「家にはサークルの合宿に行くって、もう言ってあるもの」
ヨンスのうっすら赤い頬が、さらに赤くなった。
ヨンスが最後のアルバイトへ行くため部室を出ると、私はアン・ジュヒ教授の研究室へ行った。扉には鍵がかかっていた。一階の郵便受けに、明日の約束を守れそうにないというメモを入れようとしていると、教授が研究棟のロビーに入ってきた。
「シン、来てたのね。ここで何してるの? 部屋へ上がりましょう」
教授はコートを脱いでハンガーに掛けた。そしてコーヒーを淹れ、灰皿を空にした。
「明日、映画を観る約束を来週に延ばしていただけたらと思って」
「急な用事でもできたの?」
「友達が急に明日、束草へ行こうって言い出して。私に聞きもしないで切符まで予約したから、日にちを変えるのは難しそうで。すみません」
「ヨンス?」
教授はにっこり笑って言った。
「そんな深い仲じゃないって言ってたのに、そろそろ深くなりそうね」
「そういうんじゃありません。私も冬の海を見たくなっただけで」
ヨンスと束草へ旅行したあと、アン・ジュヒ教授と約束していた映画を観に行った。映画が終わって劇場を出るまで、私たちは何も話さなかった。胸のどこかがひどく冷えるような映画だった。私はなぜか、アン・ジュヒ教授の顔をまともに見るのが落ち着かなかった。教授も同じように気まずかったのか、カフェでコーヒーを飲んで別れるまで、映画の話はしなかった。その晩、ヨンスが家に電話をかけてきた。普段あまり口数の多くないヨンスが、その日に限って不思議なくらいどうでもいい話を延々とした。やがて受話器の向こうから、しばらく息づかいだけが聞こえた。
「今日、『ダメージ』観に行ったんだって。面白かった?」
ヨンスの声は震えていた。
「悲しい映画だった」
「私も明日、友達と観に行くことにした」
受話器の向こうで、ヨンスの小さな息づかいだけが聞こえた。私は突然、ヨンスに限りない愛情を感じた。抑えきれない愛の感情が、胸の奥深くに刺青のように刻まれていく気がした。
「待ってて。今から行く」
私たちはその夜、愛し合った。ヨンスは一度もアン・ジュヒ教授のことを口にしなかった。私は今でも、それが私への信頼からだったのか、それとも彼女の自尊心からだったのか、分からない。『ダメージ』をめぐるくだらない噂が立つことはなかった。
新学期の授業料納付書と一緒に、成績優秀奨学金の対象者に選ばれたという通知が家に届いた。〈論理学〉のせいで奨学金は期待していなかったのだが、意外にも専攻科目の成績がよかった。そのころから、アン・ジュヒ教授の研究室を訪れる回数もだんだん減っていった。互いに忙しくもあったが、新学期が始まると教授の研究室はいつも哲学科の学生たちで混み合っていた。それで自然に距離ができた。そのうえ私は、哲学の副専攻をやめた。代わりに物理学と生物学の講義を取り、初級ラテン語を学んだ。夕方にはフランス文化院で会話の授業を受けた。時間は無関心に流れていった。
期末試験が終わり、夏休みが始まったころ、アン・ジュヒ教授から連絡があった。教授は今学期を最後に大学を辞めたと言った。七月末にボストンへ発つので、その前に一度会いたいということだった。
「ごめんね。引っ越しの荷物で家がぐちゃぐちゃでしょう」
約束の時間を二十分も過ぎても教授が出てこなかったので電話すると、今、大事な電話を待っているから外へ出られないと言った。代わりに、少し家に来てくれないかと言った。互いの近況を話していると、電話が鳴った。教授は英語で話し始めた。そして失礼するという仕草をして、部屋へ入った。電話はかなり長く続いた。私は居間を見回した。家電と呼べるものは、小さなオーディオが一台あるだけだった。CDが多かった。去年の冬、私が贈った『Thelonious Himself』がオーディオの上に置いてあった。壁には何の飾りもなかった。家族写真も、よくある絵も掛かっていなかった。壁に釘を打った跡すらないところを見ると、引っ越しのために外したわけでもなさそうだった。本は厚い段ボール箱に詰められていたが、まだテープで封をしてはいなかった。そんな箱が三十個以上あった。
今回も、私たちは食事の代わりにビールを飲んだ。ウィトゲンシュタインは登場しなかった。私は哲学の副専攻をやめたことを話した。それから、物理学とラテン語の講義を一学期間取ったことも話した。ジョイスの『若い芸術家の肖像』で、学生たちが mare のラテン語の格変化を知らずに叱られる場面についても話した。ビアホールの窓の向こうで、雨がしとしと降り始めた。私は、教授がなぜ辞職してアメリカへ行くのかとは聞かなかった。長いあいだ別居していた夫との書類上の整理が終わったのだということだけは分かった。過去形の中にしか存在しなかったその男が、一瞬だけ現在形へ飛び出し、また過去形へ埋もれた。そして未来には、もう存在しない人物のように思えた。教授は孤独に見えた。寂しさでも、物寂しさでもなかった。骨の奥深くに沈み込んだ古い孤独が、彼女の全身に入り込んでいるように、私は感じた。雨脚は強くなった。風も激しく吹き始めた。雨が少し弱まるのを待ちながら、私たちはさらに何杯かビールを飲み、酔いが回った。地下鉄が終わる時間が近づき、仕方なく席を立った。教授は傘を持っていなかった。ジーンズにサンダル姿だったので、家まで走って帰ると言ったが、それには雨が激しすぎた。私は折り畳み傘を開き、教授を家まで送った。歩いて五分しかない距離だったのに、私たちはずぶ濡れになった。歩くたびに、教授の濡れた乳房が私の右腕に触れた。地下鉄もバスも終わっていた。豪雨のせいでタクシーもつかまらなかった。私は小さな折り畳み傘に身を隠し、右腕に触れていたその小さな乳房の感触を思いながら、いつまでも歩き続けた。静かな夜だった。
4
卒業後、私は大企業の系列会社に就職した。同期より昇進が少し早く、そのぶんストレスも大きかった。会社で自分の居場所ができたと思ったころ、自然にヨンスと結婚した。ヨンスは子どもを欲しがった。私は拒んだ。私は彼女の生理周期を手帳にこっそり書き込み、排卵期には飲み会まで避けた。どうしても出なければならない会食に参加した日は、小部屋で一人で寝た。義父は、鳩みたいに二人だけで仲よくしていないで、そろそろ本当の家庭を築けと言ったが、強制はしなかった。妻の家族は、口数の少ない私を扱いにくそうにしていた。私はそれが楽だった。父は最後まで再婚せずに亡くなった。愛する妻と長男を交通事故で一度に失った父の晩年は、寂しいものだった。
「私は、あなたが孤児みたいだから好き」
クラシック音楽サークルの部室でヨンスが言った、あの言葉の意味を、今では分かる。私を取り巻く何ものも、彼女を縛らなかった。ヨンスに会う前から、私は感情の上では孤児だった。私たちは互いを縛らなかった。線を越えないかぎり、それぞれ自分の人生を主体的に生きた。ときどきヨンスの髪から男性用のスキンローションの匂いがしたが、私は知らないふりをした。くだらない妄想で、私たちの安楽と平和を壊したくなかった。ヨンスも同じように考えていたのか、私のワイシャツの襟についた口紅の跡など気にも留めなかった。ヨンスは出版社で編集者として働き、何冊かのベストセラーを作った。ヨンスが担当したマーケティング本がうちの会社の必読書に指定されたとき、私はヨンスを祝福したが、その本は読まなかった。彼女自身も、自分が担当したベストセラーをたいしたこととは思っていないようだった。ヨンスはいくつかの大手出版社から移籍の誘いを受けたが、そのたびに断った。ヨンスは出版社で最年少のチーム長になり、やがて編集長に昇進した。ある日、ヨンスが不妊手術を受けると言ったとき、私は止めなかった。もう手帳に彼女の生理周期を書き込む必要はなくなった。二人で暮らすには狭くないマンション。二台の車。クラシックでもジャズでも選ばないオーディオ。ヨンスと私は、そうして決められた道を歩いていった。ウィトゲンシュタインとカミュは、十年以上、一度も口にしなかった人たちとして、私の記憶から少しずつ消えていった。ヨンスが使っているフランス製の化粧品〈BEAU-TEMPS〉を「ボタン」と読むことはできたが、それが何を意味するのかはすぐには思い出せなかった。会社では、フランス語はラテン語のような死んだ言語だった。「私はなぜ自殺しないのか?」そんな問いが、私たちの生活に入り込む隙間などなかった。アン・ジュヒ教授の言ったとおり、こんな哲学的苦悩には時期というものがあるのだろう。世界はどす黒い濃灰色で、論理学で説明できるものなど何一つなかった。
アン・ジュヒ教授との友情は、メールで続いていた。教授はボストンのある大学で論理学と言語哲学を教えていると言った。そしてしばらくして、教授に就任したという知らせを聞いた。数年前、ニューヨークへ出張したとき、私は教授に会おうとした。ニューヨークからボストンまではすぐだった。しかしそのとき、教授はシアトルにいた。私は出張日程を数日延ばそうとあれこれ手を尽くしたが、無駄だった。ソウルへ戻る飛行機の中で、私は何度も寝返りを打った。仁川空港に着いた私は、そのまま家には帰らず、ヨンスを街へ呼び出した。ホテルで豪華な食事をし、激しく愛し合った。しばらくアン・ジュヒ教授とは連絡が途絶えた。メールを送ったが、返事どころか開封すらされなかった。電話もしたが、教授は出なかった。何かほかの重要なことに没頭しているか、そうでなければ素敵な男と恋に落ちたのだろうと思い、先に連絡が来るまで待った。
「私、今、釜山にいるの」
携帯電話の向こうの声は少し震えていたが、間違いなくアン・ジュヒ教授だった。
「はい」
「シンは相変わらず口数が少ないのね」
「先生、お元気ですか?」
私は卓上カレンダーを手に取り、まず予定を確認した。ヨンスは昨日ニューヨークへ出張に出ていて、ソウルにはいなかった。
「もちろん。この秋学期からここで教えてるの。連絡が遅くなったでしょう。ごめんね」
私は懐かしさで喉が詰まり、何も言えなかった。
「シンに一度会いたいんだけど……」
「先生、今度の土曜日なら会えます。釜山に着いたら電話します」
私たちはもう一度互いの近況を確かめ、電話を切った。私はたまっていた仕事をそのままにして会社を出た。そして街灯がつくまで、夜道を歩き続けた。
5
「何にも変わってないのね、シンは」
土曜日の朝、クローゼットの服を半分ほど引っぱり出しては着たり脱いだりを繰り返し、結局ジーンズに少しピンクがかったシャツ、その上に軽いジャケットを羽織った私を見て、教授は驚いたように言った。
「お腹も全然出てない。大学生だって言っても信じるわ。これは嫉妬するなあ」
教授は一瞬、澄ました顔をしたが、すぐに明るく笑った。
「先生も変わってませんね」
アン・ジュヒ教授は、昔のまま美しかった。柔らかな目元。穏やかな笑み。ほどよく細い体。そこに白いものの混じった髪が加わったせいか、以前よりずっと知的な魅力が漂っていた。私は胸が熱くなった。抑えきれなかった懐かしさが爆発したのか、それとも教授が無事でいることを確かめて安堵したのか、私は両腕で教授を強く抱きしめた。教授も拒まず、私を抱いた。
「シンにこんなところがあるなんて知らなかった」
釜山駅を出ながら教授が言った。私は頭をかくことで答えの代わりにした。
海の見える窓際に座り、私たちは色あせた記憶にもう一度息を吹き込んでいった。すると昔の出来事が、昨日のことのようにはっきり浮かんできた。
「あのとき、どうして私にBをつけたんです? 危うく奨学金を逃すところだったって知ってます?」
「Cじゃなかった? 白紙答案を出した不良学生にBでももったいないでしょう。真面目に答案を書いた学生が何人かいたの。その子たちにはAをつけて、ほかは全員Bにしたんじゃないかな」
「当時は相対評価じゃなかったみたいですね」
「そうだった? よく覚えてないなあ。でもね、ある保護者が、学生に自殺を勧めているって激しく抗議してきて、大変だったのよ。新学期が始まる直前だったから、成績のせいではなかったみたいだけど」
「私は哲学科じゃなかったから、そんなことがあったなんて知りませんでした。哲学の副専攻もやめて、哲学科の学生に会う機会もなくなりましたし」
「あのとき、あの騒ぎが起きてよかったのかもしれない。私はあのころ、誰かを教える準備ができていなかったもの。むしろよかったと思った」
「もしかして、その件で辞職したんですか?」
「違う。それが理由じゃない。もっと勉強したかったの。運よくボストンで私を必要としてくれる大学があった。それに、ちょうど家庭のことも片づいたし。分かってたでしょう?」
教授は、まるで他人のことを話すように淡々と言った。
「先生がその人のことを過去形でしか話さないから、気づいてました」
「そう? よく見てるのね。そんなことまで気づいてたんだ」
私たちは時間を忘れて話し続けた。教授は、私の口数が増えたと言って嬉しそうにした。私は、たぶん男性ホルモンが減ったせいだと思います、と冗談を言った。教授はあの独特の澄ました顔をしてから、すぐに口元に笑みを浮かべた。夕食をとるため、私たちは海の見える刺身店へ移った。見晴らしのいい窓の向こうで、秋の雨がしとしと降り始めた。
私たちは、これまで歩いてきた人生の軌跡を語り合い、互いの時間を合わせていった。教授は相変わらず独身で、哲学者としての地平を広げるため、今も勉強を続けていた。大学で学生に哲学を教えてはいるが、「私はなぜ自殺しないのか?」のような問いを出すことは、もうないと言った。そして去年、つまり私たちの連絡がしばらく途絶えていたころ、乳がんの手術を受けたのだと言った。今になって思えば、口に合わない食事と不規則な生活、それよりさらに悪い孤独が、少しずつ教授の健康をむしばんでいたのだ。
「ソウルへ戻るんですか?」
「それはまだ分からない。釜山は初めてだけど、海があるからいいわね」
「まだ少女ですね」
「少女?」
教授の口元がゆるみ、頬に赤みが差した。もう酒を飲まない教授は、グラスに水を入れ、私が杯を上げるたびに乾杯してくれた。古い友人と新しく知り合い直しているような気分だった。気楽だった。でも、胸が高鳴った。
「お宅まで送ります」
教授は静かにうなずいた。
「海から近いんですね」
タクシーがマンション団地の入口に止まったとき、私は言った。雨が降っていなければ、タクシーに乗る必要もない距離だった。私は折り畳み傘を開いた。
「傘、左手で持ってくれない?」
私は傘を左手に持ち替えた。すると教授は私の左側に立った。私たちは一緒に傘に入り、団地の奥にある教授のマンションまでゆっくり歩いた。歩くたびに、教授の乳房が私の左腕をかすめた。
「また連絡してもいいですよね?」
「もちろん。いつでも」
教授は私をマンションの中へ招かなかった。私は左腕をかすめていた、その小さな乳房の感触を思い出しながら、海雲台の砂浜へ向かって歩いた。波は穏やかだった。
私はときどき、釜山への出張を作った。職位を乱用しない範囲で権限を行使した。釜山支社の社員たちは、本社監査室部長の出張に毎回緊張した。土曜日はアン・ジュヒ教授と過ごした。一緒に海辺を歩くことが多かったが、そのたびに決まって教授の哲学講義を聞くことになった。教授は、「語りえぬものについては沈黙しなければならない」と言った若いウィトゲンシュタインより、ただ自然に任せればいいと言った晩年の彼のほうが好きだと言った。この話をするとき、彼女は穏やかに見えた。教授は私の日常についても知りたがったが、私は退屈でつまらない会社生活の話はできるだけ避けた。そしてヨンスの話が出ると、話題をそっと別のほうへ移した。私は守るべき線を越えていなかったので、ヨンスには教授との友情について話さなかった。しかし、私たちの友情は長く続かなかった。アン・ジュヒ教授は釜山に落ち着いて二年も経たないうちに、がんが再発し、短い生涯を終えた。
臨終が近づいたとき、私は初めて教授の手を握った。私が両手で教授の右手を包むと、彼女は穏やかに微笑みながら、私の左手に指を絡めた。
— 終 —