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3月 モンゴカンジャン

目覚まし時計が鳴った。僕はベッドから飛び起き、カーテンを開けて窓の外を見た。空には黒い雲がびっしり広がっていたが、幸い雨は降っていなかった。天気予報では明け方から大雨になると言っていたので、どれだけ気をもんだことか。なぜなら今日は、僕たち家族がこのバムソムのアパートを出て、クギル洞の一戸建てへ引っ越す日だからだ。僕たち家族は今日という日を首を長くして待っていた。

バムソムのこの狭くて古いアパートは、父さんの年齢より古い。僕はここに13年11か月住んだ。母さんと父さんは僕より1年長く住んだ。僕だって母さんのお腹の中にいたんだから、10か月足した方が公平な気がする。

横にやたら長いうちのアパートの1階には店がずらりと並んでいる。夏にベランダの窓を開けると食べ物の匂いがむわっと上がってきて、ときどき酔っぱらいの罵声も聞こえた。外廊下式のアパートなのでエレベーターはいつも満員で、廊下は自転車、ベビーカー、植木鉢、それに後で捨てるつもりで出してあるゴミ袋のせいで歩きにくかった。父さんは、いい年をしてそれなりに教育も受けた人たちが、どうしてこんな有り様なのか分からないと、よくぶつぶつ文句を言っていた。

エレベーターの中には、いつもいろいろな注意書きがべたべた貼ってあった。廊下からタバコの吸い殻を投げると通行人がやけどをしたり車に焦げ跡がついたりするので吸い殻を投げないでくださいという注意書き、残飯を細かくして流しやトイレに捨てると配管が詰まるので生ゴミ袋を使ってくださいという注意書き、飼い犬の鳴き声に注意してくださいという注意書き。ほとんど毎日のように警告文が貼られた。でも、こんなのは何でもない。

僕が生まれたこのアパートから僕たち家族を追い出した一番の原因は、何といっても去年の夏から始まった上下階の騒音だった。毎晩決まってやってくる、ドン! ドン! ドン! という音。それから、音よりもっと嫌な振動。ときどき振動でリビングの窓がぶるぶる震えることもあった。ドン! ドン! ドン! 父さんは、誰かが踵を床に叩きつけるように歩くから、こんな音と振動が出るんだと言った。騒音が始まって一週間ほどした頃、下の階のおじいさんがうちのインターホンを鳴らした。おじいさんは騒音の犯人をうちだと思っていた。うちのリビングでも聞こえるドン! ドン! ドン! という音を確認して、ようやく帰っていった。その夜、おじいさんは十軒以上のインターホンを鳴らし、騒音の発生源を探して歩いたが、結局見つけられなかった。住人たちは互いを疑うようになり、エレベーターや廊下で会っても挨拶をしなくなった。眠れない夜が増え、母さんと父さんは決断しなければならなくなった。僕たちは引っ越すことにした。

最初から一戸建てに引っ越すつもりだったわけではない。バムソムには一戸建てが一軒もないからだ。一戸建てを探してバムソムを離れれば、転校しなければならないかもしれない。僕にはそんな気はこれっぽっちもなかった。だから当然、最上階の部屋を探した。最上階は夏は暑く冬は寒いらしいので嫌だったが、他にいい手がなかった。ところが何か月待っても、僕たち三人が暮らすのにちょうどいい広さの最上階の部屋は見つからなかった。父さんは毎週末、バムソム中の不動産屋に電話をかけたが、返ってくる答えは「待つしかありません」ばかりだった。

そんなある日、下の階のおじいさんが引っ越し、若い夫婦が入ってきた。若い夫婦には子どもはいなかったが、その代わり子牛ほどもある犬が一匹いた。その犬は、一度吠え始めると止まらなかった。夫婦が朝仕事に出ると、足に棘でも刺さっているみたいに一日中吠え続けた。住人たちの苦情がひどくなり、アパートの管理事務所まで乗り出したが、若い夫婦はびくともしなかった。住人同士で怒鳴り合いになり、警察も何度か来たが、何一つ変わらなかった。

父さんは、どこでもいいから今すぐ引っ越そうと母さんにせがんだ。最上階だろうが何だろうがどうでもいい、明日にでも出ていきたいという勢いだった。父さんの顔はかなり切羽詰まっていた。すると母さんが、理性的に考えましょうと言って父さんをなだめた。せっかく最上階を諦めて引っ越したのに、上の階にキングコングでも住んでいたらすべて終わりだ、と母さんは言った。運よくキングコングを避けたとしても、下の階や隣、向かいの棟や裏の棟に子牛ほどの犬が住んでいない保証もない。父さんはしょんぼりして黙り込んだ。母さんが、もう上下階の騒音や犬の鳴き声から逃げられる時代じゃないのよ、と言うと、父さんは泣きそうな顔になった。そのとき母さんが「ビョク、うち、一戸建てに引っ越す?」と僕に聞いた。僕が答えるより先に、父さんは「今すぐ家を見に行こう」と立ち上がった。

僕たちは一戸建てに引っ越せば全部解決すると思っていたが、週末ごとに家を見て回るうちに、現実はかなり違うということが少しずつ分かってきた。一戸建てには確かに長所もあったが、短所もたくさんあった。

― 一戸建ての長所 ―

上下階の騒音から解放される。隣の家がうるさい可能性はあるけれど、少なくともドン! ドン! ドン! と響く振動はない。

庭がある。

花壇に木がある。

自分たちだけの屋上がある。

― 一戸建ての短所 ―

アパートのように警備員のおじさんがいないので、防犯面が弱い。

一戸建てでも犬の鳴き声から逃げるのは難しい。

断熱がよくないので、アパートより夏は暑く、冬は寒い。

宅配便を受け取ってくれる人がいない。

僕たちは一戸建てを買うことに決めた。ただし僕が転校しなくてもいいように、バムソムと同じ学区のクギル洞で探すことにした。そして二か月後、ようやく気に入った二階建ての青いレンガの家を見つけた。鼻くそほどの小さな花壇には柿の木が一本とイブキが二本植えてあった。手のひらほどの庭の片隅には水道があり、母さんがこの家で一番気に入ったのが、この小さな水場だった。二年前に改修したらしく、とても明るくてきれいな家だった。一階にはリビングと台所、二階には両親の部屋と僕の部屋がある。浴室は一階と二階に一つずつあった。やたら高いだけの、バムソムの古くて狭いアパートに比べれば天国みたいな家だ。一つだけ残念なのは、改修のとき地下室を手つかずのままにしたことだった。いつかここもきれいに掃除すれば、かなり居心地のいい場所になりそうだった。

一戸建ての契約を終えて帰る途中、父さんが「これからは銀行に家賃を払って暮らすようなものだ」と言った。それじゃあ僕たちも「ハウスプア」なの? と聞くと、母さんは声を上げて笑い、そこまでじゃないから心配しなくていいと言って僕を抱きしめた。父さんは僕の頭を撫でた。

窓の外を見ると、今にも雨が落ちてきそうだった。せめて引っ越しが終わるまでは降らないでくれと祈った。約束の時間より20分早く、引っ越し業者のおじさんやおばさんたちがやってきた。部屋の中をぐるりと見たおじさんの一人が、「18坪の家でこんなに荷物が多いのは初めてだ」と長いため息をついた。15年間一度も引っ越していないせいでもあったが、それ以上に問題なのは父さんの千冊を超える本だった。父さんは作業員の中で親分らしい、ひげもじゃのおじさんに「お昼代にでもしてください」と白い封筒を差し出した。するとひげのおじさんは「いや、こんなものまで……」とつぶやいたあと、他のおじさんたちに向かって「ほら、さっさと梱包始めろ!」と叫んだ。

梱包が始まると、僕たちは鼻くそほどのアパートから出なければならなかった。父さんは作業員のおじさんに、小部屋にある白いゴミ袋は捨てる物ではなく、地球儀をあらかじめ包んであるから必ず運んでくださいと念を押した。母さんは、なくすと困るから別の袋か箱に入れ直した方がいいと言ったが、父さんはゴミ袋は丈夫だからいいんだと意地を張った。父さんが母さんの言うことを聞かないと、いつもろくなことが起きない。今回は何が起きるのか、もう心配になった。

母さんと父さんが不動産屋へ用事を済ませに行っているあいだ、僕は一階で荷物を積み込むのを眺めていた。本当に休む間もなく、荷物がはしご車に乗って下りてきた。あんなに小さな家から、どうしてこんなにたくさん物が出てくるのか不思議だった。母さんと父さんが戻ってきた頃には、梱包もほぼ終わっていた。僕たちは最後に、空っぽになったアパートの中を一度見回した。家族で15年間暮らしたアパートを出るんだという実感が、ようやく湧いてきた。台所に積まれたゴミの山の中から、母さんが父さんの白いゴミ袋を見つけた。母さんは何も言わず、地球儀の入った白いゴミ袋を父さんに渡した。父さんは「いや、捨てないでちゃんと運んでくれって、あれほど念を押したのに……」と言葉を濁した。母さんは、だからどうして地球儀をゴミ袋に入れたのよ、と小言を言わなかった。不思議なことに、うちの母さんは小言を言わないときの方が威厳があって怖く見える。ひげもじゃの親分おじさんは、昼食のあと二時までにクギル洞の家へ行くと言い残して先に出発した。僕たちがアパート一階の店で昼ご飯を食べていると、ひとしきり夕立が降った。でも運よく食べ終わって外に出ると、さっきまでの雨が嘘みたいにすっかり止んでいた。

午後いっぱい、引っ越しのおじさんたちは休まず荷物を整理した。力は強いし仕事は速いし、数時間であっという間に片づけてしまった。母さんが、すぐ使わない物は箱のまま地下室に入れておこうと言うと、父さんも、時間をかけてゆっくり整理しようと言った。

夕食は家で食べた。父さんは母さんが疲れているだろうから外食しようと言ったが、母さんは外へ出る方が疲れると言って簡単に夕食を作った。僕もくたくたで出かけたくなかった。母さんも父さんも明日は仕事だ。祝日に引っ越したからって、一日休ませてくれるわけではないらしい。せめてもの救いは、明日が月曜日ではなく水曜日だということだ。あと三日で週末だから、母さんと父さんも休める。

明日から僕も中学2年生だ。今年はどんな冒険が僕を待っているのだろう。ベッドに横になって目を閉じると、窓の外から犬の鳴き声が聞こえた。ワン! ワン! ワン!

新学期だ。僕はバムソム中学校2年3組17番になった。パガサリが4組の担任になった。本来4組の担任になるはずだった先生が、急に休職することになったらしい。4組の連中はみんな死人みたいな顔をしている。母親に頼み込んで転校すると言い出したやつまでいる。社会科を教えるパガサリは干しダラみたいに痩せていて、うちの学校であの人が笑ったところを見た者は、まだ誰もいない。

僕たちの担任は国語を教えるキム・ユンシク先生だ。僕は転校生のコ・ドンワンというやつと隣の席になった。龍山に住んでいたが、少し前にバムソムへ引っ越してきたらしい。ドンワンは僕より頭一つ近く背が高い。肌は少し浅黒く、そのせいかどこか外国人っぽい雰囲気がある。

今日一番うれしかったニュースは、キム・ヒジョンが同じクラスになったことだ。ヒジョンはうちの学校で一番かわいい。いや、バムソムで一番かわいい。ひょっとしたら韓国で一番かわいいかもしれない。

父さんの本棚から持ってきたサマセット・モームの『月と六ペンス』を読んでいる。

驚くべき事実が一つ! 隣の席のドンワンの母さんはモンゴル人だ。父さんがモンゴルで働いていたときに出会って恋に落ちたらしい。ドンワンはモンゴルで生まれ、三歳までそこで暮らしたそうだ。毎年夏休みになると、母さんと一緒にモンゴルで二週間くらい過ごすと言った。

「こんにちは」はモンゴル語で何て言うのか聞いたら、「センベノ」と教えてくれた。モンゴルの人たちが暮らす大きなテントで一晩寝たら、どんな気分だろう。

塾の先生に数学の宿題がひどすぎると叱られた。もう一度こんないい加減な宿題をしたら母さんに電話すると脅された。数学のない世界で暮らしたい。

『月と六ペンス』は、ある無責任な男の話だ。どうして父さんの本棚にこんな本があるのか理解できない。

ドンワンの母さんがモンゴル人だという噂が広まった。最初に絡んできたのは不良っぽいジョングだった。「おい、コ・ドンワン。お前、多文化だって? どこから来たんだよ。東南アジア?」とからんだ。ドンワンが答える前に、そばにいたチョルジンが「違うよ。モンゴルだって」と口を挟んだ。するとジョングが「モンゴル? じゃあ今日からお前、モンゴカンジャンな」と言った。

ジョングたちがドンワンをモンゴカンジャンと呼んでからかうと、ほかの連中まで、ドンワンは多文化だとひそひそ話し始めた。うちのクラスのヨンシクの母さんは日本人だが、ヨンシクをからかうやつは誰もいない。もしドンワンの母さんが日本人だったら、どうだったのだろう。

テレビのチャンネルのことで、父さんにはちょっとがっかりした。僕が先に『動物の王国』を見ていたのに、父さんがフラッシュガールを見るんだと言って勝手にチャンネルを変えた。父さんくらいの年で、若い女性アイドルが踊ったり歌ったりするのが好きだなんて、僕にはまったく理解できない。僕も自分専用のテレビが欲しい。宝くじでも買おうかな。でも僕はまだ子どもだから買えない。いったいいつになったら大人になれるんだ。

フラッシュガールの騒音から逃げて自分の部屋へ行き、チェーホフの短編を一つ読んだ。『恐怖』という小説で、友人の妻と不倫した男の話だった。「四十人の殉教者」という登場人物が出てくるのだが、どうしてこんな変な名前なのか分からない。ロシア小説は寒い国のせいか、やけに寒々しい。別のロシア作家も読んでみようと思う。

父さんが庭でタバコを吸っていて、また母さんに叱られた。母さんは、保険会社の健康体割引を受けるには禁煙しないといけないのに、いつまで吸うつもりなの、と聞いた。今やめれば保険料が何百万ウォンも得になるそうだ。父さんは「分かった、分かった」と笑い、母さんが家に入るともう一本吸った。父さんは、ぬらりくらりした大蛇みたいだ。それから僕に「息子よ、お前はタバコなんか覚えるなよ。これ、本当にやめるの大変なんだ」と言いながら、深く煙を吸い込んだ。

父さんは軍隊で支給された「88」というタバコで初めて吸うようになったと言った。それまでは吸っていなかったらしい。僕がクラスで1番になったら父さんもタバコをやめる、と言うので、僕は父さんに、タバコはやめない方がいいと思う、と言った。クラスで10番でもなく、1番? それは不可能だ。

冗談でも言ってはいけないことがあると、今日知った。

朝早く祖父母の家へ行った。学校の成績より、自分の好きなことをやる方が百倍いいと信じている人なので、祖父を見ると気持ちが楽になる。祖父と一緒にテレビで『ザ・ブレイブ』という西部劇を見た。

『ザ・ブレイブ』は、父親を殺した悪党を追いかけて復讐する少女の話だった。髪を左右に長く編んだそばかすの少女が主人公で、凶暴な『赤毛のアン』みたいだった。

祖父は、この映画の本当の題名は『トゥルー・グリット』だと教えてくれた。昔の映画ではジョン・ウェインが保安官を演じていたらしい。「トゥルー・グリットってどういう意味?」と聞くと、祖父は「本当の勇気だ」と言った。「braveも勇気だし、gritも勇気だけど、少し違うんだ。gritっていうのは、何と言うかな、もっとしぶとくて、諦めない不屈の勇気みたいなものかな。単に勇敢なのはbraveなんだよ」と説明してくれた。映画の中で銃を持った赤毛のアンが見せたものが、本当の勇気なのだと思う。僕だったら父さんの仇を討つために敵を探しに行けるだろうか。そんなことが起きないことを祈る。

昼ご飯のあと、祖母が「ビョクは大きくなったら何になりたいの?」と聞いた。僕は「まだよく分かりません」と答えた。すると祖父は「今すぐじゃなくても、やりたいことを見つけて目標を持った方がいい」と言った。それから、学校の勉強もあまり怠けすぎないように、と言われた。

夜、ベッドに横になって、自分が何をしたいのか考えてみた。でも、まだ何なのかは思い浮かばなかった。目を閉じると、銃を持った赤毛のアンがちらついた。

給食の時間、不良っぽいジョングがまたドンワンをモンゴカンジャンと呼んでからかった。おかずの餃子を見るなり、「餃子につけるからモンゴカンジャンよこせよ」と言った。ジョングたちが腹を抱えて笑うと、ほかの子まで一緒になって笑った。僕は我慢できず、今すぐやめろと怒鳴った。するとジョングが「壁昌浩、お前は引っ込んでろ」と僕に食ってかかってきた。ドンワンが止めなかったら喧嘩になっていたかもしれない。ジョングたちのせいで、今日から僕のあだ名は「壁昌浩」になってしまった。

授業が終わってドンワンと家に帰る途中、ジョングたちはまた校門までついてきて、モンゴカンジャンだの壁昌浩だのと言ってからかった。体の大きいドンワンがまるで気にしていないので、余計に面白がっているようだ。

昨夜、大きな馬に乗って西部を疾走する夢を見た。ヒジョンが父親の仇討ちに出ると、僕は正義の保安官になって悪党たちを追いかけた。追いかけているうちにテキサスのどこかで迷子になり、そのまま目が覚めた。

今日は数学塾をさぼった。塾に行きたくない。

今日も数学塾へ行かなかった。塾の先生が母さんに電話したせいでばれてしまった。母さんは腹を立て、バムソムに住むジョンス叔母さんに電話した。ジョンス叔母さんはバムソムで一番人気の数学家庭教師だ。勉強に興味もない子どもを無理やり塾へ通わせるなんて金の無駄だから、もう僕を塾へ行かせるなと言った。母さんが「数学ができなかったらどうやって大学に行くの?」と聞くと、叔母さんは「いい大学に行かなきゃいいじゃない」と言った。母さんはますます腹を立てて電話を切った。

トルストイの『人は何によって生きるか』を読んでいる。

ヒジョンがクラスの副委員長になった。僕は何の役にも就かなかった。もちろん、今さら驚くようなことではない。

体育の時間、チームに分かれてサッカーをした。僕は走り回るのが嫌なのでゴールキーパーをやった。ボール一個を追いかけてあちこち走り回ることに、どうしても興味を持てない。僕が米俵みたいに突っ立って、あっさり二点も取られたので、結局交代させられた。二点も負けていたのに、ドンワンのおかげで僕たちのチームが勝った。ドンワンは足も速いし、ボールも上手に蹴る。

勝った記念にトッポッキを食べに行くそうだが、僕とドンワンは行かなかった。

母さんが、もう数学塾には行かなくていいと言った。その代わり、近いうちに特別措置があるらしい。特別措置って何だろう。素直に塾へ通っておけばよかった気がする。

夜、ベッドに入るとヒジョンのことを考える。体育の時間、ヒジョンが軽やかに走っていた姿が何度も浮かんできて眠れない。

トルストイの『人は何によって生きるか』は深い本だ。『二老人』を読んで感動した。苦しんでいる人や困っている人を助けるというのは尊いことだ。それも聖地巡礼の旅費を全部使って人助けをするなんて。トルストイのおかげで少し宗教的な感化を受けた気がする。

今週は父さんの顔を一度も見ていない。毎日残業だ。僕は大人になっても父さんみたいなコンピュータープログラマーにはならないと決めた。

学校が終わってジョンス叔母さんのところへ行った。母さんが言っていた特別措置とは、毎週土曜日に1時間20分、叔母さんから数学の家庭教師を受けることだった。僕は死んだ。ジョンス叔母さんはパガサリより怖い。叔母さんの夫は誰もが知っている恐妻家だ。尻に敷かれている男の中では、たぶん国家代表級だと思う。

父さんに、ジョングたちが何の理由もなくドンワンをモンゴカンジャンと呼んでいじめていることを話した。それから、僕がドンワンと仲がいいせいで、とうとう僕まで壁昌浩と呼ばれてからかわれるようになったとも言った。すると父さんは「おお、いいあだ名じゃないか。壁昌浩。頑固なお前にぴったりだ、ぴったり!」と僕をからかうではないか。僕が「父さん!」と叫ぶと、父さんは笑ってこう言った。

「悪い、悪い。息子よ、もし誰かがお前を理由もなく嫌うなら、そいつにお前を嫌う理由を一つだけ作ってやれ。それでいい」

母さんは父さんの話を聞いて、「本当に立派な教育をなさいますこと」と嫌味を言った。すると父さんは急に厳かな顔になり、友達とは仲良くしなさいと言った。

今日、父さん、叔父さん、担任の先生の共通点を発見した。三人とも男性ホルモンが減っている。

8時55分までにジョンス叔母さんの家へ着かなければならなかった。でも5分遅れて9時に着いた。5分遅れただけなのに、延々10分も叱られた。叔母さんは約束の時間をいつも5分刻みで決める。そうすれば相手に緊張感を与えて、時間を守らせられると信じているらしい。僕は叔父さんに二回も助けを求める合図を送ったのに、叔父さんは肩をすくめて寝室へ入ってしまった。

叔母さんは、一時間かけて解く量の数学問題を僕に渡し、リビングへ出ていった。勉強部屋で一人、うんうん唸りながら問題を解いた。あの忌まわしい食塩水の問題が二問もあった。指で味見すれば濃度なんて分かる気がするのに。僕は食塩水の問題を見るだけで足がすくむ。せめて速さの問題がなかったのが救いといえば救いだった。

一時間後、虎の叔母さんが入ってきた。二十問のうち五問しか解けなかった。その五問のうち二問は、答えを書き写し間違えていた。つまり結局、正解したのは三問だけだった。僕がしょんぼりしてうつむいていると、ジョンス叔母さんは数学ができるようになる方法をいくつか教えてくれた。

問題を正確に最後まで読むこと。

きれいな字で途中式を書くこと。

難しくても諦めず、最後まで解くこと。

叔母さんは、数学は頭で解くものではなく、お尻で解くものだと言った。そして数学の宿題をどっさり出した。ああ、失われた週末よ! もう僕に週末はない!

家に帰ると、家事の分担をめぐって母さんと父さんが喧嘩していた。半分ずつやればいいだけなのに、子どもみたいに争っている。母さんはジョンス叔母さんに電話して愚痴をこぼした。叔父さんはジョンス叔母さんに言われた家事をとてもよくやる。母さんも叔母さんからコツを習った方がいい。

午後、祖父から電話があった。母さん、父さん、僕の三人で祖父母の家へ行き、夕食を食べた。テレビで慰安婦のおばあさんたちのニュースが流れると、祖父は日本へ徴用された曾祖父の話をしてくれた。曾祖父が乗っていた日本の船は、太平洋の真ん中で米軍の爆撃を受けて沈没した。曾祖父は九死に一生を得て米軍に救助されたものの、しばらく捕虜として暮らさなければならなかったという。解放されてようやく朝鮮へ戻ったが、それまでの苦労がひどかったせいか、曾祖父はほどなく亡くなった。祖父は「ん、ん」と咳払いをしてトイレへ入った。目が真っ赤に充血していたように見えた。

終礼の時間、担任の先生が「多文化家庭の子は残るように」と言った。するとドンワンが突然立ち上がり、先生にこう言った。

「先生、僕は多文化家庭の子じゃありません。僕はただのドンワンです。ドンワンです。そういう呼び方をしないでください」

先生は驚いて言葉を失った。少しして先生は、ドンワンとヨンシクに謝った。

「そうだな。すまなかった。先生が間違えた。これからはそう呼ばないようにする」

クラスのみんなは、もうドンワンをモンゴカンジャンと呼んでからかわなくなった。もちろん、ジョングたちは別だけど。

放課後、ドンワンの家へ遊びに行った。ドンワンの家はバムソムで一番広い高級マンションだった。リビング一つだけで、うちの家より広い気がした。ドンワンの母さんはものすごい美人だった。

ドンワンの母さんが出してくれたおやつを食べ、ロールプレイングゲームをした。僕はこういうゲームをほとんどやったことがないので、とても勝てなかった。僕がすぐ飽きると、ドンワンはモデルカーのコレクションを見せてくれた。フェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェなど、一台ずつ説明してくれた。でも、あまり興味は湧かなかった。つまらなかった。

ドンワンは、自分の父さんの書斎も見せてくれた。そこに天国があった。何千枚ものDVDとCDが壁一面を埋め尽くしていた。本当に天井までぎっしり積まれていた。大画面テレビと、僕と同じくらい大きなスピーカーもあった。今度、父さんがいるときに遊びに来たら、ここで映画を見ようとドンワンは言った。だから今日はそのまま帰るしかなかった。

ドンワンの父さんは、ガールズグループ「トゥルーカラーズ」の熱狂的なファンらしい。

最近の僕は、恥ずかしがり屋の宇宙人がUFOで地球人の周りをうろうろするみたいに、ヒジョンのそばをうろついている。でもヒジョンはまったく気づいていないようだ。僕の姿が見えていないのかもしれない。もう少し近づきたいのに、方法が分からない。僕には本当の勇気が必要だ!

父さんの本棚で古い本を一冊見つけた。題名は『貫鉄洞時代』。貫鉄洞がどこなのか調べてみよう。

ジョングたちが、またドンワンをモンゴカンジャンと呼んでいじめた。僕が椅子を蹴って、いい加減にしろと怒鳴ると、ジョングは驚いたのかびくっとした。授業開始のチャイムが鳴らなかったら、取っ組み合いになっていたかもしれない。ドンワンは体も大きいし度胸もあるのに、ジョングのからかいによく耐えている。ジョングのせいで、僕には怒りのコントロール障害ができた気がする。

先生たちは、ジョングの家は金持ちで成績もいいので、優等生だと思っている。でも僕から見れば、ジョングは不良だ。この前はチョルウクを無理やり連れていってチキンを食べ、会計をチョルウクに払わせた。チョルウクはジョングたちが怖くて、家にも言えなかったらしい。正義なんて映画の中にしかないのかもしれない。ジョングの父さんは警察署長らしいので、いつか会ったら、まず自分の家から正義を実現してくださいと言いたい。

平日に父さんの顔を見るのは、空の星を取るくらい難しい。母さんも旅行会社の仕事で毎日帰りが遅い。今日は祖父母の家で夕飯を食べた。食器洗いは僕がした。祖母が「うちのビョクも大きくなったね」と褒めてくれた。早く大人になりたい。

家へ帰る途中、プンオパンを一袋買った。夕飯を食べてからまだ一時間もたっていないのに、もう腹が減っている。きっと背がぐんぐん伸びる前触れだ。プンオパンを売っている兄ちゃんが、売り切りだからと言って二つもおまけしてくれた。どうやら常連になりそうだ。

ジョンス叔母さんに出された数学の宿題をやっていたら、お尻がぺちゃんこになった。どうして数学なんて勉強しなければならないのか分からない。お金の計算だけできればいいのに。

ジョンス叔母さんから、明日は授業に遅れるなと電話が来た。僕は絶対に遅れないと約束した。

ああ! ネズミの穴にでも入りたい。ジョンス叔母さんの家に、また10分遅れて着いた。叔母さんは何も小言を言わず、僕をリビングの隅で手を上げて立たせた。ところが少しして、うちのクラスのヒジョンが入ってきたではないか! バムソム中学校一の美少女、キム・ヒジョンだ。ヒジョンはジョンス叔母さんから数学を習っていたのだ。罰を受けている僕を見つけると、ヒジョンはぷっと笑って勉強部屋へ入っていった。ネズミの穴どころか、アリの巣穴でもあれば入りたかった。顔が熱すぎて、ろうそくを近づけたら火がつきそうだった。

しばらくして叔母さんは手を下ろしていいと言い、数学の問題を二十問渡した。今回は七問も正解した。幸い、答えを書き写し間違えて不正解になった問題はなかった。ヒジョンは二十問のうち一問しか間違えなかったらしい。

叔母さんがおやつに麺を茹でてくれた。ヒジョンも一緒に食べた。ヒジョンはジョンス叔母さんに数学を習い始めて、もう一年以上になるらしい。叔父さんが麺を食べている僕に、「ビョク、お前、ジョンス叔母さんから数学を教えてもらえるのがどれだけ光栄なことか分かってるか? お前の母さんが頼み込んだから、叔母さんが週末にも授業をしてるんだぞ。絶対遅れるなよ」と言った。僕はむせてゴホゴホしながら、やっと「はい」と答えた。食べている犬でも邪魔するなと言うのに。ヒジョンはこれを聞いて、横ですました顔で笑った。

ジョンス叔母さんは「二人とも食べ終わったなら、もう帰りなさい。寄り道しないで。それからビョク。もう一度遅刻したら叔母さんとは終わりだからね。時間の約束も守れないやつは数学なんて勉強しなくていい」と言った。

僕は急いで鞄を背負い、叔母さんの家から逃げるように出た。エレベーターの中でヒジョンが「あなたの叔母さん、完全に虎だね」と言った。「うん。子どもの頃のあだ名はターザンだったらしいよ」と答えると、ヒジョンは「ターザン?」と言ってくすくす笑った。

午後いっぱい、ジョンス叔母さんの数学の宿題をやっていたら、髪が真っ白になった気がする。いったい誰が人生は美しいなんて言ったんだ!

朝から父さんが母さんを手伝って家事をしている。母さんはジョンス叔母さんのコーチどおりに、父さんを調教しているところだ。

― ジョンス叔母さん式・夫の扱い方 ―

夫に漠然と家事を頼まず、具体的に言う。(例:寝室の布団を表裏二回ずつはたく。掃除機をかけるときは必ずソファの下まで掃除する。ベランダの資源ゴミを捨てる)

夫が絶対にやろうとしない仕事は、思い切って諦める。(例:生ゴミを捨てる)

終わったら、よくできたと褒める。(例:イルカ、犬)

夕方、叔父さんにせがまれてネットカフェへ行った。叔父さんは見た目は山賊なのに、遊び方は小学生だ。僕はゲームで二連敗したら、すっかり元気がなくなった。帰り道、叔父さんに「ジョンス叔母さんと暮らしてて怖くないの?」と聞いた。すると叔父さんはこう答えた。

「いや。俺がしっかり尻に敷いてるけど。なんで?」

十尋の水の深さは分かっても、一尋の人の心は分からないとはこのことだ。

道徳の時間、原子力発電は本当に僕たちに必要なのか、という討論をした。学級委員長のヨンスが、原子力がなければ電気が足りなくなるのだから、きちんと管理して使えばいいと言うと、ヒジョンは電力消費を減らして原子力を使わない方がいいと反対した。

今度はジョングが、原子力発電所がなければ核兵器を作れないから、韓国も早く核兵器を持つべきだと言った。するとドンワンは、核兵器みたいな危険な武器は絶対に作ってはいけないと反対した。核兵器の話になると、退屈して居眠りしていた連中まで起き上がって口を挟んだ。クラスは核兵器賛成派と反対派に分かれた。核兵器をおもちゃか何かだと思っているらしい。

僕は討論の傍観者みたいに腕を組み、椅子にもたれてみんなの討論を眺めていた。ナ・ヒチョル先生に、姿勢を正しなさいと注意された。僕の顔は核爆弾を食らったみたいに真っ赤になった。

先生は、原子力発電は「熱いジャガイモ」だと言った。それから来週までに、原子力発電に賛成か反対か、自分の意見を書いてくる宿題を出した。

祖父に電話して「熱いジャガイモ」について聞いた。祖父は、ジャガイモが熱すぎて口に入れれば上顎の皮が全部むけるし、食べなければ腹が減る、そういう状況だと言った。つまり「お前、食塩水の濃度の問題を解く? それとも速さの問題を解く?」と聞かれているようなものだ。

父さんが会社へ行けなかった。首と肩が痛すぎて、左右に向くこともできない。母さんが病院へ行けと言ったが、父さんは今日一日休めばよくなる気がすると言う。母さんの言うことを聞いた方がいいと思うのに、父さんは意地を張ってどうしても病院へ行かなかった。

『貫鉄洞時代』を読み終えた。この本は、いろいろな詩人や小説家の逸話を集めた本だ。でも古い本だからなのか、僕の知らない作家が多かった。シン・ギョンニム、チョン・サンビョン、キム・ソンドン、キム・グァンシク、ク・ジャウンなど。僕はチョン・サンビョン詩人が、小説家オ・ヨンスのペリカンの万年筆を隠した話が特に面白かった。今なら訴えるだの何だので大騒ぎになりそうだが、昔にはロマンがあったのかもしれない。

父さんに、僕が大人になって作家になったらどう思う、と聞いたら、好きにしろと言われた。ただし作家は貧乏だから妻子を食わせるのが大変だ、覚悟しておけと言った。そこで僕が、大人になっても独身で暮らす、と言うと、父さんは「それは卓越した選択だ」と笑った。母さんが父さんを睨むと、父さんは「冗談だよ」とあっさり降参した。

最近、父さんが叔父さんに似てきた気がする。

父さんは今日も会社へ行けなかった。結局、朝早く病院へ行き、頸椎椎間板ヘルニアと診断された。肩と腰の痛みもひどく、しばらくはとにかく休まなければならない。父さんは会社に診断書と休職届を出した。一か月の病気休暇だ。ところが父さんは夏休みに入った学生みたいに喜んでいる。まあ、父さんにも休みは必要だ。

母さんは今日から即座に緊縮財政に入ると宣言した。今さら何を。いつ緊縮財政じゃなかったというのだ。僕の誕生日プレゼントも簡素なものにするそうだ。期待していたスマートフォンが空中に消えた。

たぶんクラスでスマートフォンを持っていないのは僕だけだ。教科書は忘れても、スマートフォンだけはみんな必ず持ってくるのに。

ドンワンと漢江沿いを歩きながら、将来の夢について話した。だいぶ暖かくなり、歩くにはちょうどよかった。ドンワンは、自分の夢は世界で一番公明正大な裁判官になることだと言った。ドンワンの夢は少し長い。裁判官なら裁判官でいいのに、世界で一番公明正大な裁判官とは。

ドンワンが裁判官になりたいと言ったとき、ドンワンの父さんに、もっと具体的な目標を立てるべきだと助言されたらしい。裁判官にも、いい裁判官、悪い裁判官、腐った裁判官など、いろいろいる。目標を具体的に決めておかないと、将来裁判官になったあと、悪い裁判官や腐った裁判官になるかもしれない、ということだった。それでドンワンは、世界で一番公明正大な裁判官になることに決めたそうだ。

夕方、父さんと一緒に祖父母の家で食事をしながら、ドンワンの夢の話をした。祖父は、ドンワンの父さんは本当に立派な人だと言った。すると横で父さんが「じゃあビョクも、大きくなったら世界で一番公明正大な作家になれよ」とくすくす笑った。祖父は「少しは大人になれ。哲学を勉強したやつが、どうしてこんなに分別がないんだ」と父さんを叱った。

父さんは一日中、リビングのソファに座ってテレビばかり見ている。朝、病院で理学療法を受けて帰ってくると、ソファから離れようとしない。ところが母さんの帰宅時間になると、髪まで洗い、歯も磨き、たまった食器まで洗う。まるで今日一日を有意義に過ごした人みたいに。母さんはそんなことも知らず、父さんの首や肩は大丈夫かと心配してばかりいる。僕にはそんなに痛そうには見えないのに、父さんは母さんの前では甘えん坊だ。

幸い、ジョンス叔母さんの家には10分早く着いた。宿題も全部終えていたので褒められた。今日はヒジョンは来ないの、と聞いたら、先週だけ都合があって土曜の午前に授業をしたのだと言う。「何? ヒジョンに興味あるの?」と叔母さんに聞かれ、顔がニンジンみたいに真っ赤になった。

土曜日なのに母さんは出勤した。最近、旅行会社の仕事が忙しいらしい。いつ忙しくなかったことがあるのだろう。父さんと二人で昼をラーメンで済ませた。もう共働き夫婦でもないのにラーメンだなんて、ひどすぎる。ピザならまだしも!

母さんと父さんに、誕生日プレゼントはスマートフォンが欲しいと言ったが、聞こえないふりをしている。

父さんは午前中ずっとソファでごろごろしていて、とうとう母さんに小言を言われた。今日から家事は全部父さんの担当になった。母さんが生活費を稼いでいるのだから、父さんとしても仕方がないだろう。

夕方、歌手たちが競うテレビ番組を見ていたら、父さんが突然、この番組の哲学的基盤はダーウィンの「進化論」だと言い出した。一番点数の高い歌手を残すのではなく、一番点数の低い歌手を落とす方式こそダーウィンの進化論なんだとか。父さんはダーウィンの進化論を一言で言えば、「自然は選ばない。ふるい落とす」なのだと言った。父さんが大学で哲学を専攻したという話も、ときどき本当なのかもしれないと思う。

夕食の食器洗いを終え、庭でタバコを吸っている父さんに、どうして哲学をやめてコンピュータープログラマーになったのか聞いた。すると父さんは迷いもせず、「好きだから仕事すると思うか? 食っていくためだよ」と答えた。ときどき父さんを見ていると、なんだか寂しくなる。

父さんの本棚からチャールズ・ダーウィンの『ビーグル号航海記』を持ってくると、母さんが「あなたが読むにはまだ早い」と言って元に戻すように言った。すると父さんが僕の味方をした。「いいじゃないか。俺なんて中学2年のとき映画館で『ゴッドファーザー』を見て人生を知ったんだ。本に子どもの本も大人の本もない。好きに読ませろ」と言った。すると母さんは、「だったら最後まで読みなさい。途中で諦めないでね」と言うではないか。

『ビーグル号航海記』の最初のページを読み終える前に後悔した。母さんの言うことを聞けばよかった。

ジョングたちがパガサリにひどく叱られた。給食の時間、校庭の補修工事をしているおじさんたちをからかって大騒ぎになったのだ。ジョングたちは二階からおじさんたちに水をかけ、ずっとちょっかいを出していた。おじさんたちがやめろと怒鳴ると、少し静かになった。ところがそのあと、ジョングが二階の窓から顔を出し、「おじさんたち、学校のとき勉強できなかったから、こんな仕事してるんでしょ?」とからかった。すると突然、一人のおじさんが持っていたジュースの缶を地面に叩きつけ、僕たちの教室まで走ってきた。「お前! この野郎、こっちへ来い!」とものすごい声で怒鳴った。その声を聞いて、4組の担任のパガサリが駆けつけた。そのとき僕たちの担任はトイレにいた。休んでいたほかのおじさんたちも全員上がってきた。本当に恐ろしい雰囲気だった。

パガサリがおじさんたちに謝った。ジョングたちもしぶしぶ謝った。全員、相談室へ連れていかれた。パガサリに死ぬほど叱られればいいのに。

ジョングの母さんが学校へ来て、ひと騒ぎして帰っていった。職員室で「あなたたち何様なの、うちの子を萎縮させて!」と担任やパガサリに怒鳴ったらしい。校長先生と教頭先生まで出てきて、やっと落ち着かせたそうだ。

ジョングは、パガサリの社会科の教科書を隠してやるとあちこちで言いふらしている。パガサリの社会科の教科書は国宝級のお宝だ。いろんなメモや図表が貼りつけてあり、あちこちに赤い下線が引かれている。まるで水でも吸ったみたいに膨れ上がったその教科書は、パガサリの飯の種みたいな本だ。

ジョングも本当に馬鹿だ。隠すなら黙って隠せばいいのに、あんなに言いふらしたら、自分が犯人だってみんな分かるじゃないか。