5月 ヘイ、ウェイト……
5月1日 日曜日(労働者の日)
朝から父さんが、労働者の日が日曜日だとぶつぶつ文句を言っている。僕が、今日は労働者の日じゃなくて勤労者の日だよ、と言うと、父さんは労働者の日で合っていると言った。
「労働者と勤労者って違うの?」
「全然違う。勤労者っていうのは、『勤勉な労働者』って意味だからな」
「勤勉ならいいことじゃないの?」
「もちろんいいことだよ。でも、いい言葉も、その良さを生かすには釣り合いが取れていないといけない。たとえば誰かが『紳士と淑女』の代わりに『紳士と貞淑な淑女』と言ったら、どう思う? 貞淑な淑女っていうのは、品があって慎み深い女性といういい言葉だけど、ここにふさわしいと思うか?」
「ううん。なんだか不平等な感じがする」
「だろ。『使用者と勤労者』という言葉も不平等なんだ。釣り合いを取るなら、『良き雇用主と勤労者』と言わないとな。つまり『良い社長と勤勉な労働者』と書いてこそ釣り合いが取れる」
「それで父さんは、今日は勤労者の日じゃなくて労働者の日だって言ったの?」
「ああ。俺は労働者って言葉の方が好きだ。なんとなく、もっと胸を張れる感じがするんだよ」
急に父さんがものすごく格好よく見えた。それで僕は、父さんに隠していた悩みを一つ打ち明けた。
「ドンワンがジョングとすごく仲良くしてるから、仲間外れになったような気がする」
父さんはじっと僕を見て、こう聞いた。
「どうして? 嫉妬してるのか?」
「ううん」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「ドンワンがジョングと友達なのが嫌なんだ。ジョングは悪いやつだから。みんなをいじめたりするし」
「今はジョングが仲間外れなんだろ?」
「うん」
「じゃあドンワンのおかげで、ジョングがもっと悪くなることはなさそうだな?」
「うん、それはそうだけど」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「……」
今日は父さんに何か魔法をかけられたような気がする。
5月2日 月曜日
試験一日目。
国語。読書量と国語の点数には、あまり関係がない。
社会。社交性があるからといって、社会の点数が高いわけではない。
5月3日 火曜日
試験二日目。
英語。どうして点数がよかったのか分からない。
科学。僕の夢は科学者ではない。だから科学の点数にはこだわらないことにした。
5月4日 水曜日
試験三日目。
数学。こういうのを奇跡という。二十問中、三問しか間違えなかった。
試験が終わってジョンス叔母さんに電話した。でも叔母さんは平然と、そうなると思っていたと言った。
叔母さんにも何か魔法をかけられたような気がする。
5月5日 木曜日(こどもの日)
ドンワンとジョングと映画を見に行った。でも僕たちが見られる映画なんて、つまらないアニメしかなかった。僕はそのまま家に帰りたかったが、二人は何でもいいから見ようと言った。映画館の中は、父さん母さんと一緒に来た小学生で文字どおり満員だった。僕は非現実的な空間で超現実的な二時間を過ごし、ついに魂が抜けた。
昼ご飯をピザとコーラで済ませると、ジョングは一時までに家へ帰らなければならないと言って先に帰った。ドンワンと僕は久しぶりに二人きりになった。僕たちはバス停まで歩いた。ドンワンが待っていたバスが先に来た。ドンワンはバスに乗りながら、僕にありがとうと言った。なぜか胸の中がすっとした。
ドンワンを見送ってから、一人で教保文庫へ行った。ここは父さんがフラッシュガールのCDを時々買うところだ。父さんはインターネットで物を買わない。インターネットで買うと、物語が残らないからだという。CD一枚買うのに、いったい何の物語が必要なのか分からない。
僕はCD売り場で、ディープ・パープルの「April」が入っているCDを一枚買った。ジャケットの絵が本当に奇怪だった。ネズミが人間を食べている恐ろしい絵だった。でも僕はその不気味な絵が気に入った。きっとレジのお姉さんも、僕の審美眼に驚いたに違いない!
このCDは僕の最初の音楽コレクションだ。いつか大人になってこのCDを見たら、ドンワンにもう一度心を開いたこと、ピンデトクみたいな顔をしたジョングのこと、それから教保文庫を思い出すだろう。
両親の日のカーネーションを買うお金が足りない!
5月6日 金曜日
今日も学校へ行かない。開校記念日だからだ。母さんも父さんも仕事へ行ったので、一人で家を独占した。五月なのに空はどんよりしている。
リビングでディープ・パープルの音楽を大きくかけた。僕は調子に乗って叫びながら、めちゃくちゃに体を揺らした。ところが、父さんが読むなと言ったジェイソンの『ヘイ、ウェイト……』が、スピーカーの上に置いてあるではないか! それを見た瞬間、ごくりと唾を飲み込んだ。父さんが鍵をかけて保管している本は、僕が高校へ入るまでは読めない禁書なのだ。
僕は『ヘイ、ウェイト……』を手に取り、しばらく迷った。クレヨンで描いた表紙の絵は、ただウサギの耳がついたかわいい犬に見えた。本の裏には、こんな言葉が書いてあった。
『ご注意ください。この美しい物語が、あなたの心を傷つけるかもしれません……』
僕は本を開きたい気持ちに取りつかれた。でも本をもう一度スピーカーの上に戻した。父さんとの約束を破りたくなかったからだ。
昼になって祖父母の家へ行った。祖父と祖母はスマートフォンで写真を見ていた。中国の北京で働いている叔父さんの写真だった。叔父さんは会社の仕事で今、北京にいる。去年まではソウルへよく来ていたのに、最近はかなり忙しいらしい。僕は食器を洗い、祖母の肩と膝を揉んであげた。祖父と祖母が昼寝を始めると、僕は静かにアパートを抜け出した。アパートの入口では、いつものようにプンオパンの兄ちゃんが商売をしていた。
「兄ちゃん、『April』って曲知ってる? ディープ・パープルの」
「4月1日になるとラジオでかかる曲だろ。なんで?」
「兄ちゃん、どうして知ってるの?」
「おい、4月1日には『April』が流れて、10月31日には一日中イ・ヨンの『忘れられた季節』が流れるんだよ。で、なんで?」
「曲もいいけど、ジャケットがすごくきれいだった。兄ちゃんもそう思わない?」
「おお! お前、ちょっと分かってるな。それはボスの絵だよ。ヒエロニムス・ボス。俺は中三のとき初めて聴いて、完全にはまった」
「兄ちゃん、じゃあジェイソンって漫画家も知ってる?」
「知らない。お前、俺を何かの博士だと思ってるのか? で、なんで?」
「いや、別に。兄ちゃん、またね」
家へ帰ると、ジェイソンの『ヘイ、ウェイト……』はスピーカーの上にそのまま置かれていた。禁じられた本、禁書が僕を呼んでいるようだった。表紙のウサギ耳の犬が、「大丈夫。ほら、開いてみて。僕の話を聞いて」と僕にささやいた。
最初のページを開くと……。
5月7日 土曜日
授業に集中していないと、ジョンス叔母さんに叱られた。叔母さんは授業の途中で三回も顔を洗ってこいと言った。顔を洗いながら鏡に映った自分を見ると、耳がウサギみたいに長くなっていた。飛び上がるほど驚いた。
母さん、父さん、祖父、祖母、ジョンス叔母さん、叔父さんにあげるカーネーションを六本買った。花の値段が金みたいだ。
元気がなくて、午後ずっとベッドに横になっていた。生と死についてあれこれ考えているうちに眠った。夢の中でバスに乗った。みすぼらしい格好をした乗客たちは、みんな目の焦点が合っていなかった。僕は『ヘイ、ウェイト……』に出てくるヨンとビョンの隣に座った。バスは闇の中を走っていった。
目を覚ますと、雨が降っていた。
5月8日 日曜日(両親の日)
朝起きると、母さんと父さんにはまだ真夜中だった。仕方なく、まず祖父と祖母にカーネーションをつけてあげた。そしてすぐバスに乗り、ジョンス叔母さんの家へ行った。叔母さんは僕をぎゅっと抱きしめてくれた。叔父さんはカーネーションをつけるのが照れくさいのか、もじもじしていて叔母さんに小言を言われた。顔を真っ赤にした叔父さんが、こどもの日の小遣いをくれた。朝ご飯を食べていないと言うと、叔母さんはベーグル、牛乳、イチゴ、パプリカなどを出してくれた。食卓の向こうから、叔母さんがじっと僕を見ていた。
「叔母さんたちは、どうして子どもがいないの?」
「それは僕のせいだよ」
叔父さんが笑いながら代わりに答えた。
「体外受精もあるじゃない」
「あら、この子ったら」
叔母さんが驚いた顔をした。
「僕だって全部知ってるよ。科学の授業で習うもん」
「ビョク、叔母さんと叔父さんが子どもを持たないのは、そういう問題じゃないの。もう少し複雑なのよ。大きくなったら教えてあげる」
大人の世界は複雑すぎる。最近はむしろ数学の問題が世界でいちばん簡単に感じる。
家へ帰ると、母さんと父さんは遅い朝ご飯を食べていた。僕はソファに座って、食事が終わるのを待った。リビングのスピーカーの上にあった『ヘイ、ウェイト……』は見えなかった。食事が終わると、母さんと父さんはきれいな服に着替えた。僕は二人の胸にカーネーションをつけてあげた。でもなぜか、父さんの顔をまともに見ることができなかった。
僕は自分の部屋へ上がり、ベッドにもたれて『タンタンのコンゴ探険』をぱらぱらめくっていたが、この本はあまりにも薄味で面白くなかった。そのとき父さんがノックして部屋に入ってきた。
「読んだか?」
父さんはベッドの端に腰かけて聞いた。
「……」
僕は何も言えず、涙を流した。
「ごめんな。父さんがちゃんと片づけておくべきだったのに……」
父さんは僕の頭を撫でてくれた。
「ビョク、今はいいものだけを見る時期なんだ。きれいなもの、美しいものだけな。どうせ大きくなれば分かるんだから、急ぐことはない。ヨンとビョンのことは、もう忘れなさい」
「……」
喉が詰まって返事ができなかった。僕はほっとした。もう父さんの顔を見ることができた。ヨンとビョンも、涙と一緒に僕の中から消えていったような気がした。
「『タンタンのコンゴ探険』は、内容があまりよくないな。読み終わったら、父さんにお前の考えを聞かせてくれ」
父さんはそう言って、僕の部屋を出ていった。
僕は気になる。父さんは『ヘイ、ウェイト……』を読んで何を思ったのだろう。父さんも生と死について考えるのだろうか。父さんの夢は何だったのだろう。そして今、父さんは何を夢見ているのだろう。
5月9日 月曜日
数学の時間、フンコロガシ先生が僕を呼び、席を立つように言った。そしてこう言った。
「ビョク、すごいじゃないか。一年のときは数学を捨てるって言ってたのに、ずいぶん頑張ったみたいだな」
「あ、はい……」
突然言われて戸惑い、曖昧に返事をした。
そのとき後ろから、誰かが小さいけれどみんなに聞こえる声でこう言った。
「あいつ、ドンワンの答案カンニングしたんじゃないの?」
その瞬間、奇跡が起きた。そう、あれは奇跡だった!
「ちょっと、シン・チョルジン! 自分のことでも心配したら? ビョクがどれだけ数学を頑張ってるか、あんたに何が分かるの?」
ヒジョンが、調子のいいチョルジンにぴしゃりと言い返したのだ。
クラスのみんなが「うわあ!」とざわめいた。ドンワンも笑いながら、僕の背中をぱしんと叩いた。チョルジンは口をひくひくさせ、そのまま静かになった。
十四歳。僕の人生で、これほど恍惚とした瞬間はなかった。
終礼が終わると、ドンワンとジョングがトッポッキを食べに行こうと言ったが、僕は約束があると言って断った。ドンワンがもう一度笑いながら、僕の背中をぱしんと叩いた。
校門の前で、しとしと降る春雨に打たれながらヒジョンを待った。傘に落ちる雨粒の音が軽やかだった。三十分以上待ったが、ヒジョンは来なかった。でも待っている時間は嫌ではなかった。むしろ逆だった。誰かを待つことが、こんなに甘いものだとは知らなかった。どうしてジョンス叔母さんは、授業のとき僕を待つのが嫌なのか分からない。こんなに胸が弾んで、気持ちがいいのに。
僕はヒジョンに何と言おうか、ずっと考えた。
『今日はありがとう。ジャージャー麺食べない?』
いや、これは違う。ジャージャー麺はちょっと野暮ったい。
『今日はありがとな! お前、トッポッキ好き?』
いや、これも違う。ヒジョンの口の周りを真っ赤なコチュジャンだらけにするわけにはいかない。
『ヒジョン、今日はありがとう。僕たち付き合わない?』
違う! これは早すぎる。
そのとき突然、「おい、ホ・ビョク。そこで何してるの?」と誰かに呼ばれた。傘を上げて見ると、ヒジョンとヘソンが一本の傘に入っていた。
5月10日 火曜日(釈迦誕生日)
母さんは今日も朝早く仕事へ行った。五月の連休のせいで、最近の母さんは目が回るほど忙しい。この調子だと、うちも金持ちになるのではないだろうか。
父さんはタコみたいにぐったりしている。最近の父さんは口を開けば疲れたと言う。いくら休んでも、一日会社へ行っただけで、すっかり精根尽きた人みたいになる。父さんがかわいそうだ。どう見ても、父さんは会社員向きではない。
朝ご飯を食べ、自分の部屋で『タンタン チベットをゆく』を読んでいると、ドンワンから家へ遊びに来いと電話があった。ドンワンの父さんは僕を見ると、小さな英雄だと言った。僕が「僕、小さくないですけど」と答えると、ドンワンの父さんは笑って、ごめんと謝った。
「うわあ!」
ジョングがドンワンの父さんのホームシアターを見て叫んだ。
「うちの父さんなんて、ただでダウンロードして映画見るのに……」
ジョングは父さんの話をしていて、途中で言葉を濁した。
ドンワンの父さんは僕たちに『ショーシャンクの空に』を見せながら聞いた。
「これは十五歳以上だからな。お前たち十五歳だよな?」
「はーい」
僕は堂々と答えた。こういう場合は満年齢で数えてはいけないと、父さんから教わっている。
『ショーシャンクの空に』を見て、僕たちはみんな感動した。とくにジョングは、この映画が自分のベストナンバーワンになったと興奮していた。
「くそ、この映画マジで最高じゃねえ? 所長の野郎、マジでムカつく。けどアンディ、やべえよな。な?」
うちでは絶対に口にできない言葉が、ジョングの口からぽんぽん飛び出した。するとジョングが突然こう言った。
「ていうか、ヒジョン、ビョクのことめちゃくちゃ好きみたいだぞ」
「……」
僕は呆然として、ドンワンとジョングを交互に見た。
「知らなかったの? うちのクラス、みんな知ってるぞ」
ジョングが言った。
今日、ヒジョンの秘密を一つ知った。どうか冗談ではありませんようにと、生まれて初めて神様に祈った。
5月11日 水曜日
世の中の流行歌の歌詞が、全部僕のことを歌っているような気がする。
父さんは何日も続く雨にうんざりしているけれど、僕にはこの上なく美しい。
雨が降るたび父さんが口ずさむ「愛は窓の外の雨水のよう」という歌の意味が、やっと分かった気がする。
5月12日 木曜日
数学の時間、フンコロガシ先生が複雑な方程式を一問黒板に書き、解ける人は手を挙げろと言った。ドンワン、ジョング、ヒジョンが手を挙げると、先生は「お前たちは除外」と言って、ほかにいないかと聞いた。いちばん後ろからチョルジンが、「ビョク」と、小さいけれどみんなに聞こえる声で言った。先生は僕を見ると、「そうだな。ビョク、やってみるか?」と言った。
僕は黒板に式を書き、問題を解いていった。フンコロガシ先生は腕を組み、窓辺にもたれながら僕をじっと見ていた。僕が最後まで解くと、先生はみんなに「答え、合ってますね。解き方も完璧ですね。分からない人はノートに書いて」と言った。僕は照れくさかった。少しだけ顔を上げて、ヒジョンをちらっと見た。ヒジョンの口元に笑みが広がった。僕の心臓のポンプは3.14倍の速さで動き始めていた。
ドンワンが、ヒジョンに話しかけてみろと言った。でも勇気が出ない。このまま一生、彼女もできずに生きることになるのではないかと心配だ。
終礼の時間、担任の先生が家庭通信を配った。教師の日には、どんなプレゼントも持ってこないようにという内容だった。どうせうちの両親は何もしないので、心配しないでください、先生!
5月13日 金曜日
朝ご飯を食べていると、小さなクモが一匹、食卓の下を這っていくのが見えた。何気なく足で踏み殺した。一日中、気分が沈んでいる。殺さずに庭へ逃がしてやればよかった……。
5月14日 土曜日
朝早くジョンス叔母さんの家へ数学を習いに行くと、ヒジョンが先に来て勉強していた。叔母さんは僕に数学の問題を山ほど出し、台所の食卓で一人で解いていなさいと言った。簡単な問題ばかりだったせいか、すぐ全部解いてしまった。僕はヒジョンがいる勉強部屋を見ながら、あの子の笑顔を思い浮かべた。口の中に唾がたまり、喉につかえた。僕がげほげほすると、叔母さんはうるさくしないで水でも飲みなさいと言った。
ヒジョンの個人授業が終わり、叔母さんが出てきた。僕の解いた答えを見ると、少し驚いた顔をした。
「ビョク、これ三問はまだ習ってない問題なのに、どうやって解いたの? 家で別に数学を勉強してる?」
「ううん。これ、習ったんじゃないの?」
「ビョク、数学の先生に褒められたんですよ。二回も」
ヒジョンが口を挟んだ。
「そうなの? それならどうして叔母さんに話さなかったの?」
「あ、はい……」
「先生、この子、『あ』と『はい』しか言えないんですか?」
「あ、はい……」
どうして口が動かないのか分からない。
「本当ね。ヒジョンのことが好きみたいね」
リビングで新聞を読んでいた叔父さんまで口を挟んだ。
僕の顔はろうそくみたいに燃え上がっていた。
ヒジョンとエレベーターに乗り、一階まで下りる時間が百万年より長く感じられた。唾を飲み込むことしかできなかった。
「ビョク、これから何する?」
「え……」ところが突然、言葉が浮かんだ。「何もしない」
「じゃあ、漢江の河川敷へ自転車乗りに行かない?」
「僕、もうバムソムに住んでないから、自転車ないんだけど」
「平気。うちに行こう」
ヒジョンが僕の鞄の肩紐を引っぱった。
ヒジョンの母さんは、僕が生まれてから今まで見た女性の中で、ヒジョンの次にきれいだ。これは厳然たる科学的根拠のある事実だ。お姫様がきれいなのは、当然、王妃がきれいだからだ。ヒジョンの母さんは僕を見ると、「あなたが“걔(キェ)”なのね?」と言った。僕は「いいえ、僕は犬(개〈ケ〉)じゃなくてビョクです」と答えた。ヒジョンの兄さんがリビングでくくっと笑った。ヒジョンが「お兄ちゃん!」と叫んだ。ヒジョンの父さんが寝室から出てきて、「うちのマンションでは犬は飼えないぞ」と言うではないか! するとヒジョンの母さんが、「違うの。犬(ケ)じゃなくて、“걔(キェ)”なのよ」と言った。ヒジョンの父さんは僕に向かって、「ああ! 君が“걔(キェ)”か」と言った。韓国語も発音が本当に難しい。
ヒジョンと二人で自転車に乗り、仙遊島まで行ってきた。黄砂さえなければもっと乗りたかったが、空気があまりにも濁っていて早く帰らなければならなかった。
ヒジョンとハンバーガーとコーラを食べながらたくさん話したのに、いったい何を話したのか一つも覚えていない。
このままでは心臓病にでもなるのではないかと心配だ。
5月15日 日曜日(教師の日)
ヒジョンが遊園地へ行こうと朝早く電話してきた。僕は隠しておいたへそくりを全部財布に入れた。父さんがヒジョンの家まで車で送ってくれた。車を降りようとすると、父さんは財布を出して三万ウォンをくれた。そして「頑張れよ」と親指を立てた。少し幼稚だと思ったが、三万ウォンのために我慢することにした。
アインシュタインの言葉は正しい。時間は相対的だ。今日何があったのか何一つ覚えていないけれど、これだけは確かだ。心臓が3.14倍の速さで動いていた。
5月16日 月曜日
ヒジョンと僕は、もう正式に付き合っている。これはクラスのみんなが知っている。ヒジョンの両親も、うちの両親も知っている。祖父と祖母も知っている。ジョンス叔母さんと叔父さんも知っている。ここまでくれば、世界中が知っていることにしておこう。
僕の日記の文学的品格のため、ジャン・コクトーの詩を一篇、日記帳に書いておく。
山鳩
― ジャン・コクトー
二羽の山鳩が
やさしい心で
愛し合いました。
そのあとのことは
とても申し上げられません。
5月17日 火曜日
来週、校内詩画展がある。僕が詩を書き、ヒジョンが絵を描くことになった。僕たちはもう離れられない仲だ。遊園地では、僕は命を懸けてヒジョンが乗りたがる乗り物すべてに一緒に乗った。ジャイロドロップに乗ったせいで、結局頭痛薬を二錠も飲まなければならなかったけれど……。ヒジョンは本当に怖いもの知らずだ。僕はうちの二階にいても酔うのに。
5月18日 水曜日(5・18民主化運動記念日)
詩画展に出す詩を書き、ヒジョンに見せた。ヒジョンは、僕の詩は抽象的で観念的すぎて意味が分からないと言った。
ニシンの夢
壁にかかった青い背の魚
世界のすべての命が深い眠りにつくとき
君は低く口笛を吹く
ニシンは青い大洋を夢見る
けれど君の青い背は進化の産物にすぎない
それ以上の何ものでもない。五月だ
僕は知っている
ニシンの青い夢を
何度も読み返したのに、僕自身いったい何を書いたのか分からない。やっぱりこれは少し違う気がする。ヒジョンの言うとおり、もう少し分かりやすい詩を書こう。
5月19日 木曜日
五月
風が吹く。ケヤキの葉のあいだに空が隠れる。
雨が降る。静かな部屋で物たちがそっと語りかけてくる。
また風が吹き
風は世界を覆う。
何だろう
澄んだ青いそれが
空に
街に
そして僕の心に降りてきた。
ヒジョンは「五月」を読むと、「ニシンの夢」と甲乙つけがたいと言った。ヒジョンは、それでも「五月」の方が分かりやすいと言い、この詩に絵を描いた。
母さんと父さんは僕の詩を二篇読むと、作家になるのはお前の勝手だが、できれば詩以外のジャンルを探した方がいいと言った。
5月20日 金曜日
ヒジョンが僕の詩「五月」に、すばらしい絵を描いてきた。絵の上にはケヤキの緑の葉が風になびき、画面の中央には広い運動場が広がっている。絵の下には、遠くの建物が粟粒みたいに小さく描かれている。ヒジョンの絵を見ていると、胸の片隅がぽっかり開くような気がした。ひんやりした感じだった。
担任の先生はヒジョンの絵を見ると、しばらく言葉を失った。美術の先生も、高校生レベルの絵だと褒め続けた。ジョングまで、ヒジョンの絵を見ると胸の片隅が寂しくなると言った。
でも僕の詩について触れる人は、一人もいなかった。
5月21日 土曜日
ヒジョンの数学の個人授業を、土曜日の10時25分に変えた。最初はジョンス叔母さんが駄目だと言ったが、ヒジョンの母さんまで頼んだので、時間を調整してくれた。僕は8時55分から、ヒジョンは10時25分から授業だ。ヒジョンが授業を受けているあいだ、僕は台所の食卓で数学の宿題をすることにした。11時45分に授業が終われば、土曜日の午後をヒジョンと一緒に過ごせる。
叔母さんは今日から宿題を二倍に増やした。期末試験は中間試験ほど範囲が狭くないので、二倍努力しなければいい点数を取るのは難しいと言った。僕は無条件で叔母さんを信じることにした。もちろんヒジョンによく見られたいからではない。
数学の授業が終わってから、ヒジョンの家へ遊びに行った。ヒジョンの母さんが「本物」のスパゲッティを作ってくれた。うちの母さんはスパゲッティの麺にケチャップをかけるけれど、ヒジョンの母さんは「本物」のソースをかけてくれた。
ヒジョンが自分のスケッチブックを見せてくれた。詩画展に出した絵は偶然ではなかった。ヒジョンの絵はどれも驚くほど上手だった。僕と同じ年頃の子が描いたとは信じられないほどだった。ヒジョンの絵には余白が多かった。寂しくて、もの悲しい絵だった。この子は心の中で何を考えているのだろう。
「どう?」
「いいね。すごいじゃないか」
「うちのお兄ちゃんは、もっと上手だよ」
「お兄ちゃん? 高校生だろ?」
「うん。お兄ちゃん、美大に行くんだって」
ヒジョンは兄さんのスケッチブックを持ってきた。ヒジョンの兄さんの絵はどれも暗かった。ディープ・パープルのアルバムジャケットで見たヒエロニムス・ボスの絵みたいに、怖いくらいだった。でもどれも美しかった。画家の作品をこんなに近くで見るのは初めてだった。絵といえば、父さんの本棚にある画集やカレンダーに印刷されたものくらいしか見たことがなかった。ときどき果川の国立現代美術館や国立中央博物館で絵を見ることはあったけれど、自分の手で直接絵を持って見る感覚はまるで違った。高校生の絵だったが、僕はこのスケッチブックの絵の方が好きだった。
「ボスの絵みたいだ……」
「えっ、ボス知ってるの? ヒエロニムス・ボス?」
ヒジョンが驚いた顔で聞いた。
「うん、知ってる。ディープ・パープルのアルバムジャケットで見た」
「ディープ・パープルも知ってるの?」
「ヒジョンも知ってるの?」
「うん。お兄ちゃんがディープ・パープルのファンなの。ディープ・パープルのせいでヒエロニムス・ボスの画集まで買った。大学生になったら、この絵を見にスペインのプラド美術館へ行くんだって、いつも言ってる」
ヒジョンは兄さんの部屋からボスの画集を持ってきた。ヒジョンと一緒に一枚ずつページをめくった。面白い絵がいっぱいだった。画集を全部見てから、もう一度ヒジョンの兄さんのスケッチブックを見た。絵が前よりはっきり目に入ってきた。僕は絵を見る目が開いたような気がした。とても妙な気分だった。
「ソッキは、どうしてあんな変な絵ばかり描くのかしら?」
ヒジョンの母さんが僕たちを見て、そう聞いた。
5月22日 日曜日
ヒジョンの家で数学を勉強して帰る途中、見てはいけないものを見てしまった。ジョングの父さんが、ジョングの頭を強く小突いていたのだ。僕は急いでその場を離れ、アパートの反対側の出口から出た。今でも胸がどきどきしている。
夕方、母さんと父さんと一緒に祖父母の家で食事をした。祖父と祖母は明日、済州島へ旅行に行く。結婚45周年の記念旅行だ。考えるだけでも素敵だ。
一日中ヒジョンと一緒にいたのに、もうヒジョンに会いたい。どうしてだろう。
5月23日 月曜日
今週金曜日の体育大会で、ヒジョンがうちのクラスの女子400メートルリレーの選手に選ばれた。ドンワンとジョングは、うちのクラスのバスケットボールチームの代表に選ばれた。僕は綱引きの代表だ。綱引きにはクラス全員が参加する。例外はない!
放課後、ヒジョンは400メートルリレーの練習へ行った。綱引きは別に練習しなくてもいい。僕はヒジョンが走るところを見ていた。軽やかによく走る。あんなにきれいな子と友達になれたことが、今でも信じられない。僕は何か善いことをした覚えもないのに。
ヒジョンの練習が終わるまで、僕は平行棒にぶら下がっていた。平行棒なんて今まで鞄を掛けておくためにしか使ったことがなかったが、今日一度体を回してみると、それほど難しくなかった。懸垂も何回かやってみた。体が軽くなったのか、それとも腕の力が強くなったのか、あまり苦しくなかった。
走る練習が終わってから、ヒジョンの家で一緒に数学を勉強した。あの子が解いている数学の問題集は、僕のより百万倍くらい難しい気がする。問題文が長すぎて、問題を理解するだけでも大変だ。期末試験がもう心配だ。数学の成績が下がったら困るのに……。
済州島から祖父が電話をくれた。祖母がホテルの鍵を入れたハンドバッグを車に置いたまま降りたのに、祖父は車の鍵をなくしたそうだ。あの雨のせいで、傘を開くのに気を取られていたとか。ホテルの人に事情を話すと、親切に助けてくれたらしい。ホテルの人が車へ行ってみると、鍵はちゃんと差さったままだったそうだ。そして祖母のハンドバッグは車にはなく、祖父のリュックの中に入っていたという。
祖父が祖母までなくさなければいいけれど……。
5月24日 火曜日
数学の英才クラスのせいで、一人ぼっちになった。ヒジョン、ドンワン、ジョングはみんな英才クラスの授業へ行った。
家へ帰る前に、久しぶりにプンオパンの兄ちゃんのところへ寄った。兄ちゃんは暑くなってきたので、プンオパンが売れなくなったと言った。今週いっぱいで店を畳むそうだ。兄ちゃんは六月からゲーム会社で働くという。そこでゲームの背景音楽を作曲するらしい。三か月契約の契約社員だと言った。
「仕事が好きだからやると思うか? 食っていくためだよ」
兄ちゃんが言った。聞き覚えのある言葉だ。どこかで聞いたような気がする……。
5月25日 水曜日
昨日、英才クラスの授業が終わってから、ジョングがヒジョンに、ヘソンのことが好きだと告白したそうだ。ヒジョンがそれをヘソンに話すと、ヘソンもジョングが好きだと言った。それで、うちのクラス二組目のカップルが誕生した。ドンワンだけが一人ぼっちになった。春は恋の季節らしい。
二泊三日の済州島旅行を終え、祖父と祖母が帰ってきた。祖母の話では、大爆笑作戦をやってきたそうだ。祖父も祖母も、認知症の検査を受けることにしたらしい。
祖父と祖母は、済州島の免税店で買ってきた黒いセーターを僕にくれた。秋にならないと着られないような厚手のセーターだった。今は初夏なのにセーターだなんて! きっと去年の売れ残りを安売りしていたに違いない。それでもうれしい。
5月26日 木曜日
祖父も祖母も、まったく正常だそうだ。医者は、慣れない場所ではよくあることだから心配しなくていいと言ったらしい。
父さんが祖父に、一緒に住もうと言ったが、祖母が断った。もうお前の面倒を見るのはごめんだとか!
5月27日 金曜日
うちのクラスが女子400メートルリレーで優勝した。ヒジョンが第四走者として走り、劇的な逆転勝利を決めた。ヒジョンは普通の男子より速く走る。ドンワンとジョングも頑張ったが、バスケットボールは惜しくも三位だった。綱引きは予選で敗退した。
体育大会が終わってから、僕、ヒジョン、ドンワン、ジョング、ヘソンの五人で卓球をしに行った。ジョングが、バムソム住民センターに卓球台が入ったと言った。僕たちは余ったアドレナリンを卓球で発散した。ジョングは卓球がとても上手だった。ヒジョンは初めてだったが、すぐ覚えた。意外にもドンワンは、卓球の球をネットの向こうへ飛ばせなかった。ドンワンによると、卓球の球は軽すぎるらしい。ヘソンはどれだけ教えても、ラケットさえまともに握れなかった。僕は祖父に卓球を教わっていたので、少しはできた。ジョングが僕に勝負を挑んだ。第一セットはデュースまでもつれたが、結局ジョングが勝った。でも残りの二セットは僕が続けて勝った。ジョングがピザとコーラをおごることになった。
ヒジョンが満足そうに僕を見ていたので、空まで飛んでいきそうな気分だった。
5月28日 土曜日
ジョンス叔母さんの家で数学の勉強を終え、ヒジョンと一緒にうちへ来た。ヒジョンは、一戸建てのうちをとても羨ましがった。あの子の住むバムソムのマンションは窮屈なうえ、上の階の人がどんどん音を立てるので大嫌いらしい。ヒジョンは父さんの本棚を見ると驚いた。実際、うちで自慢できるものといえば本しかない。飾り物として、本ほどいいものがあるだろうか!
僕たちはプンオパンの兄ちゃんのところにも行ったが、兄ちゃんはいなかった。たぶん秋にならないと、また会えないだろう。祖父と祖母はヒジョンを見ると、かわいくてきれいだと言った。分かりきったことを今さら何を……。
ヒジョンを送って家へ戻り、数学を勉強した。母さんに頼んで、英語の個人授業も受けようかと考えている。
5月29日 日曜日
母さんが朝早くジョンス叔母さんに電話した。ビョクが英語を勉強したがっているけれど、どうすればいいかと聞いた。叔母さんは、学校の勉強をしっかりやればいいと言った。叔母さんの答えはいつも決まっている。もし英会話を習いたいなら、叔父さんの英語の先生を紹介してあげるから、10時25分までに来なさいと言った。
ジョンス叔母さんの家へ行くと、叔父さんがコンピューターで黒人の男性と話していた。叔父さんは英語がかなり流暢なようだった。しばらくすると僕をコンピューターの前に座らせ、その男性に紹介した。黒人の男性が僕に何か話したが、何を言っているのか一つも分からなかった。最初の数分は叔父さんが通訳してくれたが、「あとは自分でやれ」と言って後ろへ下がった。そのあとの十分間、僕が口にした言葉はイエスだけだった。しかも二十五回も言った。ノーと言わなければならない場面があったのかどうかは分からない。叔父さんは僕の後ろでくすくす笑っているだけだった。
叔父さんの紹介で、これから毎週土曜日の午前10時40分から一時間、ジェイミーおじさんとフリートーキングをすることになった。
ヒジョンによく思われたくて、勉強ばかりしている気がする。僕らしくもない。
隣の家の屋上部屋に外国人が引っ越してきた。肌が浅黒いので、インドかフィリピンの人みたいだ。
5月30日 月曜日
水に溺れる夢を見た。僕がばたばたしながら助けてくれと叫んでいるのに、僕をじっと見ていたジェイミーおじさんが、「Can you speak English?」と聞くではないか。僕は「Yes! Yes!」と叫んだ。するとジェイミーおじさんは、まったく聞き取れない英語で長々としゃべり始めた。「Oh, No!」と言いながら目を覚ました。
英語で夢を見るなんて! きっと英語が口から出始める前兆に違いない。
5月31日 火曜日
担任の先生が、来週の金曜日に英語のリスニングテストをすると言った。うちの家系に霊感のある人がいるかどうか、調べてみなければならない。