10月 シシナおじさん

父さんが帰ってきた。父さんは顔が真っ黒に焼け、ひげもぼうぼうになっていた。健康そうだ。父さんの顔は、屈託のない少年みたいだ。表情が生き生きしている。前に会社勤めをしていたころとはまるで違う。いいな、父さんの幸せそうな顔。

明日の夕方、うちの庭で父さんの帰国パーティーをささやかに開くことになった。父さんは開天節にパーティーをしようと言ったが、母さんが、次の日は会社にも学校にも行かなければならないのに開天節にパーティーなんてどうするの、少しはほかの人のことも考えなさいと言った。どうやら父さんは平日と休日の感覚を失ってしまったらしい。

父さんはヒジョンの家族とドンワンの家族を招待した。祖父と祖母も来ることになった。もちろんジョンス叔母さんと叔父さんも来る。父さんにシシナおじさんも招待したいと言ったら、いいと言った。プンオパン兄ちゃんの連絡先も分かれば招待するのに、残念だ。庭が狭いので大変だ。花壇の木でも全部切り倒さなければならない気がする。

朝早く起きて、まず空を見た。幸い、快晴だ。

叔母さんに出された数学の宿題から先に終わらせた。今日と明日、気楽に遊ぶためだ。僕がこんなふうに変わるなんて、本当に驚きだ。これは愛の力ということにしておきたい。

父さんは時差ぼけのせいか寝坊した。母さんまで一緒に寝坊だ。母さんと父さんは夜じゅう何をしているのか、うるさくて大変だった。僕は二階の自分の部屋でディープ・パープルの音楽を聴きながら、ヒジョンが貸してくれた『ゴッホ、魂の手紙』を読んだ。この本を読んでいると、ヒジョンが「印象派は絵より画家のほうが好き」と言っていた意味が、何となく分かる気がする。僕の日記の文学的品格とは関係なく、僕を感動させた手紙を一通、書き留めておく。

テオへ

画家の義務は自然に没頭し、全力を尽くして自分の感情を作品の中に注ぎ込むことだ。そうしてこそ、ほかの人にも理解できる絵になる。もし売るために絵を描くのなら、そんな目的には到達できない。それは芸術を愛する人々の目を欺く行為にすぎない。真の芸術家は決してそんなことはしない。真剣に仕事を続けていけば、いつかは人々の共感を得ることができる。
1882年7月

どうしてゴッホが生きているあいだ、絵を一枚も売れなかったのか、ようやく分かった気がする。

母さん、父さん、祖父、祖母、ジョンス叔母さん、叔父さん、ヒジョン、ヒジョンのお母さん、ヒジョンのお父さん、隠れ恋愛の達人ドンワン、ドンワンのお父さん、ドンワンのお母さん、シシナおじさん、そして僕まで、十四人でうちの庭でパーティーをした。かなり狭かったけれど、だからといって木を切り倒すほどではなかった。

ヒジョンは白いセーターを着てきた。もちろん僕も黒いセーターを着た。ジョンス叔母さんが僕たちを見るなり、猫が二匹いるみたいだと言った。なぜか気分がいい。セーターに肉の匂いがつくのが嫌で、肉を焼いているほうには近づかなかった。

隠れ恋愛の達人ドンワンは、シシナおじさんとすぐに仲よくなった。シシナおじさんは、聞いてみるとスリランカで大学に通っていたが、家の事情でやめたそうだ。結婚して子どもも一人いると言った。僕たちに娘の写真を見せてくれたが、本当にかわいい子だった。おじさんは来年まで韓国でお金を稼いだら、スリランカへ帰って立派なレストランを開くつもりだと言った。おじさんの夢が必ずかなうといい。

祖父と祖母も仲がいい。敵のようだった白い革靴を捨てると、また平和が戻ってきたようだ。母親たちは集まって、いつものように子どもの勉強について話している。うちの母さんが僕の勉強について唯一ひと言口を挟む時間だ。こういう場では、いつもジョンス叔母さんが大将だ。もちろん、こういう場でなくてもジョンス叔母さんはいつも大将だ。やっぱりターザン出身だからだと思う。

父親たちは集まってフラッシュガールとトゥルーカラーズの話で口論を始め、最後には政治の話で議論を締めくくった。今日も真夜中ごろ、酔っぱらった父親たちを母親たちが一人ずつ連れて帰った。

みんなが帰ってしまうと、何だか寂しい。僕の左腕にヒジョンの白いセーターの毛糸がついている。

僕はそれを取らず、そのままにしておいた。

昨夜、変な夢を見た。

僕は白い部屋にいた。

机の上には箱があった。

天井から水滴が、ぽつん、ぽつん、ぽつんと落ちていた。

部屋には錆びた鉄のような匂いがしていた。

箱の中に何が入っているのか見ようと立ち上がると、椅子が倒れた。

椅子を見ると、脚が一本折れていた。

僕は折れた椅子の脚を椅子に当て、白い包帯を三回巻いた。

それから机の上の箱をのぞき込んだ。

中にはたくさんの封筒が入っていた。

封筒には全部、こう書かれていた。

RépDémPopCorée

父さんは僕の夢の話を聞くと、

「お前、本当にほとんど毎日くだらない夢を見るな」

と言った。

今回もくだらない夢でよかったと思っていると、父さんが突然こんなことをぽつりと言った。

「次は家計の足しになるように、豚の夢でも見ろよ」

でも、考え直してみると、父さんはこれからもずっと遊んで暮らすつもりなのか?

もし僕が豚の夢を見たら、その夢は母さんに売ろう。

どう考えても、父さんより母さんのほうが安全そうだ。

連休が終わり、みんな日常へ戻っていく。

母さんは会社へ
僕は学校へ
父さんはそのまま家に。

父さんはどういう風の吹き回しか、地下室を大掃除している。いらないがらくたは全部捨てるという。母さんがあれほど捨てなさいと言っていたときには、駄目だと言っていたくせに。

父さんは壁に生えたカビをきれいに取り除き、水で薄めた洗剤で壁を拭いた。天井からぶら下がっていた電球まで新しいものに替えると、なかなかそれらしくなった。父さんは古いテーブルと、古びた一人掛けソファだけを地下室に残した。

父さんは物置から古いオーディオを持ってきた。CDすらかけられない年代物で、ずいぶん長いこと使っていなかったものだ。父さんがスピーカーをつなぎ、周波数を合わせた。地下室だからなのか、なかなか電波が入らなかった。父さんがアンテナ線を地下室の窓の外へ出すと、ようやく電波が入った。

FM93.1、クラシック音楽放送。

静かなピアノの旋律が流れる。

「どう?」

「黒い猫が出てきそうです」

「ニャー」

父さんが猫の鳴き声を真似した。

「うちには庭もあるのに、どうして犬を飼わないんですか?」

「うん。それは父さんが犬を怖がるからだよ」

「え?」

僕は自分の耳を疑った。

「父さんは犬が怖いんだ。子どものころ、一度犬に噛まれてから、世の中の犬が全部怖くなった」

「小さくてかわいい子犬は?」

「駄目。それも怖い」

祖母がときどき僕のことを「うちの子犬ちゃん」と呼ぶけれど、まさか父さん、僕のことまで怖がってはいないよね?

ジョングが父親に叱られたそうだ。

子どものくせに何が彼女だと言って、ヘソンと付き合うことに反対しているらしい。

これはいったい何次元の世界なんだ?

僕はジョングに、設定を非公開モードへ変えろと助言した。

するとジョングは、もう非公開モードだったと言う。

これはリセットするわけにもいかないし!

だから、どこででも手をつないで歩いているころから不安だったんだ。

ヒジョンは誕生日以来、いつも僕の手を握って歩く。

僕は最近、天気が肌寒いので、ヒジョンの手を振りほどくわけにはいかない。

こういうのは紳士のマナーというものだ。

体面よりマナーのほうが大事じゃないか!

放課後、祖父の家へ行くと、マンションの前でプンオパン兄ちゃんが商売をしていた。

兄ちゃんは、この四か月間ゲーム会社で契約社員として働いていたそうだ。もともとは三か月契約だったが、プロジェクトが遅れたせいで一か月余計に働くことになったという。

今週からまたプンオパンを売り始めたのだが、寒くなってきたので、ゲーム会社でもらっていた給料より今のほうが稼ぎがいいそうだ。

兄ちゃんがまたプンオパンを売り始めたところを見ると、兄ちゃんの音楽はまだ売れていないようだ。

これは不幸だ。

ジェイミーおじさんが、僕の英語はかなり上達したと褒めてくれた。

おじさんは最近、絵を描いている。

英語の授業がない時間に何をしようか考えて、何となくノートに家の中の物を一つずつ描き始めたそうだ。まだ何枚も描いていないが、毎日欠かさず描いているという。

おじさんは、ペンと色鉛筆で描いた絵を僕に見せてくれた。

おじさんがノートを一ページずつめくると、コーヒーグラインダー、万年筆、インク瓶、キーホルダー、鉛筆削り、ライターと灰皿などが現れた。

僕が本当に上手だと言うと、おじさんは照れくさそうに笑った。

僕がライターと灰皿の絵を見て、タバコを吸うのかと聞くと、交通事故のあとしばらく吸っていたが、今はやめたと言った。

僕は、よくやりましたね、とおじさんを励ましてあげた。

うちの父さんも、きっぱりタバコをやめてくれればいい。

近いうちに母さんの検査があるはずだから、すっきり通過してほしい。

うちの家庭の平和のために。

そして父さんのサバティカル休暇のために……。

父さんが犬を怖がるという話は、真っ赤な嘘だった。

最近、父さんの鼻が少しずつ伸びていないか、よく観察しなければならない。

僕が祖母に電話して、父さんは子どものころ犬に噛まれて犬嫌いになったのかと聞くと、そんな話は初耳だと言った。

父さんを問い詰めようとリビングへ下りていくと、父さんはあの独特の鼻声で、母さんに子犬を一匹飼おうとねだっていた。

すると母さんは、犬を飼うことは単なる遊びではなく、大きな責任が伴うことだと言って、心配そうに父さんを見た。

僕も父さんに加勢して、犬がいれば泥棒が入らないと母さんを説得した。

すると母さんは、雑種犬なんて餌をやればおとなしく道をあけてくれると言った。

じゃあ雑種犬じゃなくて珍島犬を飼おうと言った。

父さんは、純血の珍島犬は手に入りにくいから、もし迎えるなら珍島犬の血が混じった雑種を買うほうがいいと言った。

すると母さんは、じゃあ犬の糞は誰が片づけるのと聞いた。

父さんは、もちろんビョクが片づけると答えた。

僕たちは紳士協定を結び、子犬を一匹飼うことで合意した。

― 子犬を飼うための紳士協定 ―

  1. 子犬は庭で飼う。大雨が降るときや、ひどく寒いときだけ玄関先で寝てもよい。リビングや部屋の中には入れない。
  2. 犬小屋はビョクが定期的に掃除する。当然、犬の糞もビョクが片づける。ビョクがいないときは父さんが片づける。
  3. 子犬はこまめに風呂に入れる。
  4. 子犬を家の外へ連れていくときは、必ず首輪とリードをつける。
  5. 子犬を使って人を絶対に脅さない。

母さんと父さんと僕は、子犬を買うためペットショップへ行った。

僕はできるだけ糞をたくさんしなさそうな、きれい好きに見える犬を集中して探した。

父さんは、犬が大きすぎるとしつけにくいので、生まれて間もない子犬を買って訓練しようと言った。

父さんはまるで犬の専門家みたいに話した。

僕たちは何匹もの子犬の中から、ようやく気の合いそうな一匹を見つけた。

頭が丸々していて、珍島犬の血などまったく混じっていないように見えた。

おとなしく見えるので、僕たちとうまくやっていけそうだった。

でも、どう見ても典型的な雑種犬だった。

もちろんペットショップの主人は、この子犬もこう見えて珍島犬の遠い親戚だと言った。

とりあえず僕たちはペットショップの主人の言葉を信じ、代金を払った。

この小さなやつは、僕たちの車に乗るなり、ほっとしたようにため息をついた。

僕は気分がよかった。

僕たちはもう、心が通じ合っているような気がした。

僕たちは新しい家族に、バドゥギという名前をつけた。

母さんが、

「アジはどう?」

と言うと、父さんは、

「名字はカンか?」

と言って、げらげら笑った。

父さんは夢中になって笑いすぎて、危うく事故を起こすところだった。

そのとき母さんの目からは光線が放たれていた。

父さんの笑っている顔を見ると、バドゥギと少し似ている気がする。

ヒジョンとドンワンが、バドゥギを見にうちへ来た。

バドゥギがかわいいぬいぐるみみたいだと言って、ヒジョンが抱いてあげる。

ああ!

僕がバドゥギだったら、どんなにいいだろう。

ドンワンも家で子犬を飼いたいけれど、マンションだから無理だと言って残念がった。

モンゴルでも家ごとに犬を飼っているが、向こうの犬はものすごく獰猛だそうだ。

だから、

「犬、つないでありますか?」

というのがモンゴル式の挨拶なんだとか。

僕はヒジョンとドンワンに、父さんの作業部屋も見せてあげた。

父さんは作業部屋の壁を青い海の色のペンキで塗った。

何日も換気したせいか、もうペンキの匂いもほとんどしない。

ドンワンは父さんの作業部屋を見ると、本当に素敵だと言った。

「でも、ここでどんな作業をするんですか?」

ヒジョンが好奇心いっぱいの目で聞いた。

「作業? それは僕も知らない」

「作業部屋なんだろ? なのに、何の作業をするか知らないの?」

ドンワンが不思議そうに聞いた。

「うん。そういえば、何の作業部屋なのか聞いたことなかった」

ヒジョンとドンワンがくすくす笑っていると、父さんが家へ帰ってきた。

父さんは箱を一つ持っていた。

父さんは慎重に箱を開け、古い機械を取り出した。

「それ、何をするものなんですか?」

ヒジョンが気になるのか、先に聞いた。

「うん、これ? ターンテーブルだよ。CDやMP3で音楽を聴く前は、これで聴いてたんだ。ちょっと待って」

父さんは古いターンテーブルを年代物のオーディオにつないだ。

そして二階の物置から箱を一つ持ってきた。

母さんが、捨てるか売るかしなさいと言っていた、あの箱だ。

ところが父さんは、箱の中に何か大切な物でも入っているように、いつも物置のいちばんいい場所に置いていた。

一度も開けたことのない箱だった。

こんな箱が物置には、あと五つもある。

父さんが箱を開け、そこから大きな絵本みたいなものを取り出した。

四角い薄い紙に、格好いい絵が描かれていた。

「わあ!」

僕たちは声を上げた。

「それ、何ですか?」

ドンワンが聞いた。

「これはLPレコードだよ。この盤をターンテーブルに載せると音楽が出る。聴いてみる?」

「はい!」

僕たちはみんな答えた。

父さんはLPレコードをターンテーブルに載せた。

ハーモニカで演奏された、軽快でさわやかな音楽が流れた。

音楽が終わると、ヒジョンが、

「あら、雨が降ってきたみたい?」

と言った。

ドンワンが地下室の窓の外を見て、

「変だな。雨なんて降ってないけど」

と言うと、父さんが声を上げて笑った。

「この曲の題名が『Before The Rain』なんだ。だから音楽が終わると雨が降るんだよ」

と言って、LPのジャケットを僕たちに見せた。

ジャケットには英語で、

Lee Oskar, Before The Rain

と書かれていた。

僕たちは父さんの作業部屋で、さらに何曲か音楽を聴いた。

さわやかな感じの曲ばかりだった。

父さんは僕たちにLPレコードのかけ方も教えてくれた。

父さんはヒジョンとドンワンに、作業部屋へいつでも遊びに来いと言った。

幸せな時間だった。

ところで父さんは、作業部屋で何の作業をするんだろう?

それを聞くのを忘れた。

「駄犬のしつけでもしてるのか?」

という言葉がどうして生まれたのか、今日になってようやく分かった。

「トイレもまともにできない」

という言葉の本当の意味を、今日になってようやく知った。

まだトイレを覚えていないことを除けば、うちのバドゥギはかなりかわいくて賢いほうだ。

まだ幼くて分別がないだけで、しっかり訓練すれば珍島犬の遠い親戚くらいにはなれそうだ。

今日、宅配のおじさんが呼び鈴を押したとき、バドゥギがワンワンと吠えた。

もう、うちの家族とほかの人を区別しているということじゃないだろうか?

夕方、バドゥギを連れて散歩に出た。

プンオパン兄ちゃんがバドゥギを見ると、「グルミット」に似ていると言った。

まさか。

グルミットなら家事もするし、窓ガラスまで拭くけれど、うちのバドゥギはまだトイレすら覚えていないんですよ。

散歩を終えて家へ帰ると、母さんが父さんに料理の講習をしていた。

サバティカル休暇のあいだ、父さんが家事を担当することになっているのだから、当然おかず作りも父さんの仕事だ。

煮干し炒め、黒豆の煮物、干しスケトウダラの和え物、もやしの和え物、ほうれん草の和え物など、父さんは母さんの言うことをノートに一つずつ書き取っている。

母さんと父さんは二人で、とても仲むつまじい。

もちろん、父さんが高級な皿を一枚割るまでは、だけれど。

母さんは父さんのお小遣いから、皿の代金を差し引くと言った。

ヒジョンのお兄さんが、美大の一次試験に合格した。

あとは大学修学能力試験と面接を通過すれば、兄さんは大学生になる。

わあ!

楽しそうだ。

毎日勉強ばかりして、アトリエでも一生懸命絵を描いていたのだから、堂々の合格だ。

でも油断は禁物だそうだ。

最近は面接がいちばん難しいらしい。

ところが大学修学能力試験については、あまり心配していないようだ。

兄さんは勉強ができていいな。

ジョンス叔母さんの家で数学と英語の授業を終え、ヒジョンと一緒にうちへ来た。

父さんの古いオーディオで音楽を聴くためだ。

父さんが物置から出したLPレコードは、五百枚以上もあった。

ロックもあり、ジャズもあり、クラシックもある。

ジャンルはいろいろだ。

うちのバドゥギの食欲みたいに、父さんの音楽の好みには何の偏見もないらしい。

一時期はフラッシュガールの大ファンでもあったくらいだから。

「ここでは、どんな作業をするんですか?」

ヒジョンがうちの父さんに聞いた。

「作業? うーん、本を読んだり音楽を聴いたりするよ。これからは映画も見ようと思ってる。どうして?」

「いえ。ちょっと気になっただけです」

「じゃあ、お金は稼がないんですか?」

「うん、稼がないよ。ビョクの母さんが稼ぐから大丈夫。まあ、ゆっくり稼げばいいさ」

「じゃあ父さんは何してるの?」

「父さんは家も守るし、音楽も聴くし、本も読んで過ごすって言ってるだろ。どうした?」

「普通のお父さんは、お金を稼ぎに出かけるでしょう?」

「まあ、それはそうだな。お前も大きくなれば分かるから、一度に全部分かろうとするな、息子よ」

大きくなったら、何が分かるというのだろう。

気になる。

でも構わない。

父さんは今、幸せだ。

そして父さんは今、僕と一緒に時間を過ごしている。

この数年間、父さんと一緒に過ごした時間より、ここ数か月で一緒に過ごした時間のほうがずっと長い。

父さんはもう、疲れたとも、つらいとも言わない。

ソファでごろごろもしない。

父さんのサバティカル休暇は、本当にいい。

夕食のとき、母さんが保険会社に父さんの健康体検査を申し込んだと言った。

来週、看護師がうちへ来るそうだ。

父さんの作業部屋を飾るのを手伝った。

地下室に湿気がたまらないよう、炭を小さな籠に入れて、地下室のあちこちに置いた。

冬に寒いかもしれないので、小さなストーブも前もって一つ買ってきた。

壁には写真も何枚か掛けた。

一枚は鯨星雲という星の写真だった。

父さんはこの写真を、アメリカのNASAのホームページで見つけたそうだ。

父さんはマイルス・デイヴィスというトランペット奏者のLPジャケットも壁に掛けた。

父さんの作業部屋は、ドラマに出てくる雰囲気のいいカフェみたいだ。

昼ごろ母さんが地下室へ下りてくると、

「きれいにしたね」

と褒めた。

母さんは一人掛けソファに体を沈めながら、父さんに一曲お願いすると言った。

父さんはLPレコードを長いこと探し、マーラーという作曲家の『交響曲第9番』をかけた。

スピーカーから変な音楽が流れてきた。

「あなたのお父さん、大学生のころはクラシックとジャズが本当に好きだったのよ……」

「本当ですか? フラッシュガールは?」

「付き合ってたころ、あなたのお父さんは音楽と本の話ばっかりしてた。かなり物知りで、格好よかったわ」

「本当に?」

「もちろん。女子学生にも人気があったのに、結局あなたのお母さんがものにしたんだよ。本当に母さんが、この父さんのあとをずっとついて歩いてたんだから」

父さんが、言ってはいけないことまで口にしているようだ。

「とにかく、健康体検査で禁煙テストに落ちたら、サバティカル休暇は終わりだと思ってくださいね」

母さんが地下室を出ながら、ひと言投げた。

父さんは、タバコを吸いたくてたまらない人のように不安そうだ。

シシナおじさんが、近所の不良に暴行された。

おじさんが道を歩いていると犬が飛びかかってきたので、飼い主に犬に気をつけてくれと言ったところ、犬の飼い主がおじさんに「黒人野郎」と罵り、いきなり殴りかかったという。

幸い、この場面をプンオパン兄ちゃんが目撃したそうだ。

警察が来ていろいろ質問したあと、穏便に示談するようにと言ったらしい。

シシナおじさんを殴った不良は、まだ二十歳にもなっていない若者だった。

それにしても警察も本当におかしい。

暴行犯を逮捕もしないで、示談しろだなんて?

もしシシナおじさんがアメリカ人やフランス人でも、同じように扱ったのだろうかと思う。

今、シシナおじさんはひどいショックを受けている。

おじさんはあまりにも悔しく腹が立って、涙まで流した。

僕は胸が痛く、申し訳なかった。

父さんが車でシシナおじさんを病院へ連れていった。

まず救急外来へ行き、目のまわりの傷を治療した。

おじさんが顎がひどく痛いと言うので、医師が木の棒を口で噛んでみるように言った。

ところがおじさんがうまく噛めなかったので、医師は顎の骨にひびが入っているかもしれないと言った。

それでレントゲンを撮ったが、幸い顎の骨にひびは入っていなかった。

父さんはひとまずシシナおじさんを落ち着かせるため、病院に入院させた。

うちの父さんがヒジョンのお父さんに連絡し、入院病棟のある病院を紹介してもらった。

ヒジョンのお父さんの友人が医師をしている病院だった。

夕方、ヒジョンのお父さんとヒジョンがお見舞いに来た。

ドンワンのお父さんとドンワンも、知らせを聞いて見舞いに来た。

シシナおじさんは、心に大きな傷を負ったようだった。

そして一方では、僕たちみんなにありがとうと言いながら、涙を流した。

ドンワンのお父さんは、まるでドンワンが暴行されたかのようにひどく怒った。

ドンワンのお父さんは、あちこちへ電話をかけた。

しばらくすると、弁護士が一人病院へやって来た。

ドンワンのお父さんの会社の法律顧問をしている弁護士だそうだ。

きちんとしたスーツを着た弁護士のおじさんは、シシナおじさんに事件の経緯を聞いた。

そしてプンオパン兄ちゃんにも電話をかけ、いろいろ確認した。

弁護士のおじさんは、暴行があった場所にはCCTVがありそうだと言って、事件現場へ走っていった。

幸い、プンオパン兄ちゃんの屋台の横にあるパン屋のCCTVから、暴行事件が映った動画を確保した。

動画を見ると、すべてシシナおじさんとプンオパン兄ちゃんの言ったとおりだったそうだ。

動画が確保できたと聞くと、シシナおじさんはまた涙をぽろぽろ流した。

弁護士のおじさんは、すぐに告訴状を作って裁判所へ提出すると言った。

証拠として確保した動画も一緒に裁判所へ出すそうだ。

病院では診断書を三週間しか出してくれなかった。

いくら医師と親しい間柄でも、四週間は無理だから駄目だと言われた。

ドンワンのお父さんは、四週間は必要なのに残念だと言った。

でもヒジョンのお父さんは、駄目なものは駄目だと言った。

ひとまず弁護士のおじさんに、すべての処理を任せることにした。

証拠まで素早く確保したところを見ると、腕はありそうだった。

それに服装も格好よかったので、本物の弁護士らしく見えた。

今日のうちの父さん、ヒジョンのお父さん、ドンワンのお父さんは、みんな最高だった。

シシナおじさんを暴行した不良の親が、シシナおじさんの入院している病院へやって来た。

その不良の父親は、大手証券会社の会長秘書室長だそうだ。

病室へ入ってくるなり、そのろくでもない男は、いくらならいいんだと言ったらしい。

うちの父さんはその言葉を聞くなり、今すぐ病室から出ていけと怒鳴ったそうだ。

弁護士のおじさんから、刑事と民事の両方で訴えたと連絡が来た。

シシナおじさんには、何も心配せず、まず体をしっかり休めてくださいと言った。

ドンワンのお父さんが、裁判所へ嘆願書を出すと言っている。

ドンワンのお父さんはシシナおじさんに一度しか会ったことがないのに、まるでいちばん親しい友達のように、身を乗り出して助けている。

うちの父さんも負けじと嘆願書を書き、ドンワンのお父さんに渡した。

ドンワンのお父さんが明日、裁判所へ一緒に提出すると言った。

うちの父さんが書いた嘆願書を読んでみると、内容がとても感動的だった。

母さんも父さんの嘆願書を読むと、大学時代の実力が出てるわねと言った。

うちの父さんは、本当に謎の人物だ。

刑事がシシナおじさんの病室へ来て、供述を取っていった。

でも、まだ裁判は始まっていない。

どうしてこんなに時間がかかるのか分からない。

ドンワンのお父さんは、報道関係の仕事をしている友人たちに連絡している。

思い知らせてやると言って、息巻いている。

うちの父さんも負けじと叔父さんへ電話した。

叔父さんは校閲記者なので、取材はしないと言った。

父さんが社会部の記者でも紹介してくれと言うと、叔父さんは忙しいから、そういう情報提供にいちいち応じることはできないと言った。

叔父さんによると、全治三週間では少し弱いらしい。

すると父さんが、

「いったいどれくらい殴られれば取材に来るんだ!」

と怒鳴った。

父さんは少しやりすぎた気がする。

シシナおじさんが退院した。

少し落ち着いてはきたけれど、精神的にはかなりつらそうだ。

おじさんを殴った不良は初犯なので、実刑にはならないらしい。

刑務所の飯を食わせなければならないのに、残念だ。

ドンワンが父親から聞いた話では、検察官が略式起訴をしたので、正式な裁判は開かれないそうだ。

代わりに、裁判所へ提出された書類だけを検討して、裁判官が判断するという。

それなら遅くとも来週くらいには判決が出るが、せいぜい罰金刑だそうだ。

ああ、法は遠く、拳は近いとはこのことか!

ドンワンのお父さんは民事訴訟も準備していて、弁護士に百億ウォンくらい取ってこいと怒鳴ったそうだ。

百億ウォンあれば、シシナおじさんはすぐスリランカへ帰れるだろう。

でもうちの父さんは、そんな大金を受け取るのは難しいと言った。

せいぜい病院代と、慰謝料が少し出るくらいだそうだ。

シシナおじさんの病院代には、健康保険がまったく適用されないという。

暴行を受けて入院したので、加害者から金を受け取ってまかなわなければならないからだそうだ。

ひとまず急場をしのぐため、ドンワンのお父さんが病院代を全部払ってくれた。

朝、ジョンス叔母さんの家で数学と英語を勉強してから、シシナおじさんのところへ寄った。

ところがおじさんは今日からもう仕事へ戻ったのか、家にはいなかった。

おじさんが早く気持ちを立て直して、日常生活へ戻れればいい。

シシナおじさんの事件のせいで後回しになっていたけれど、いいニュースが一つある。

父さんが先週の水曜日、健康体検査の禁煙テストに一発で合格した。

ところが妙なことに、血圧が高すぎて二回も測ったそうだ。

普段は正常なのに、その日だけ血圧がとても高かったらしい。

たぶん禁煙テストへのプレッシャーで、父さんが緊張したのだろう。

母さんも父さんが禁煙テストを無事に通過したので、機嫌がいい。

夫婦の信頼が壊れずに済んだと言っている。

来週中には父さんが健康体として認められるか、最終的に決まるらしい。

いったいこれがどうしてそんなに大事なのか分からないけれど、母さんの望みどおり父さんが合格すればいい。

母さんが今まで間違ったことを言ったことなんてあっただろうか?

僕の経験上、父さんはときどき正しい。

でも母さんはいつも正しい。

父さんの作業部屋で、一人で音楽を聴いた。

父さんが大切にしているLPレコードを一枚ずつ取り出して、慎重に眺めた。

いちばん気に入った曲は、リー・オスカーの『My Road』だった。

ハーモニカで演奏する曲なのだが、何度聴いても飽きない。

誰もいない地下室で一人、音楽をかけながら、父さんの本棚から持ってきた『世界ミステリー傑作選』を読んでいると、少しぞくぞくした。

ロアルド・ダールの『南から来た男』は、明るい雰囲気の中から突然ぞっとするようなどんでん返しが飛び出してきて、びっくりした。

童話ばかり書く作家だと思っていたのに、心の中にこんな暗いフォースがあったとは。

予想どおり、シシナおじさんを暴行した不良は、初犯だという理由で罰金三百万ウォンだけを言い渡された。

通りすがりの犬でも笑う判決だと、ドンワンのお父さんが激怒したそうだ。

物静かなドンワンのお父さんが、一日じゅう飛び上がるほど怒っているという。

でも担当検事が控訴しないと言っているので、どうしようもないらしい。

僕はこの前の、うちのクラスの学級委員長選挙を思い出して、憂鬱になった。

ヒジョンと一緒に、冬休みに参加するボランティア活動に申し込んだ。

最近みたいに憂鬱な日には、ヒジョンだけが人生の唯一の楽しみだ。

夕方、父さんがヒジョンのお父さんとドンワンのお父さんに会いに出かけた。

シシナおじさんの事件がうまく片づいたから、一杯おごるんだとか。

酔っぱらった父さんが夜遅く帰ってきた。

ほかは全部いいけれど、明日ヒジョンのお父さんに歯の治療を受ける人たちが少し心配だ。

まさかヒジョンのお父さんが間違えて、健康な歯まで抜いたりしないといいけれど……。

ヒジョンによると、ヒジョンのお父さんは昨日、ビールを一杯も飲まなかったそうだ。

ヒジョンのお父さんは歯科の仕事があるので、平日は絶対に酒を飲まないという。

余計な心配をした。

父さんは保険会社の健康体テストに最終合格した。

それで毎月の保険料が三万ウォンほど安くなった。

そのうえ、これまで払った保険料のうち六十万ウォンが払い戻された。

母さんはそのお金を父さんのお小遣いとしてあげた。

父さんは宝くじにでも当たったように喜んでいる。

ジョンス叔母さんの出す数学の問題が、どんどん難しくなる。

きっちり三時間も解いたのに、全部は解けなかった。

叔母さんは僕を数学博士にするつもりなのだろうか。

食塩水の問題を解いていたころが懐かしい。

今日は祖父とたくさん話をした。

祖父によると、人が人を差別することは、もともと人間の本性だったわけではないそうだ。

原始人は互いを殺したり、差別したりしなかったという。

人間が邪悪になり始めたのは、人類最初の文明が生まれた紀元前六千年ごろからで、メソポタミア地方に都市ができると、人間が人間を支配し、差別するようになったのだと言った。

祖父は、人間の悪がひとたび根を下ろすと、あっという間に地球全体を覆ってしまったと言った。

日本統治時代、日本人は朝鮮人をひどく差別し、今でも在日韓国・朝鮮人に対する差別は残っていると言った。

ところが韓国人も、ほかのアジア系の人々を差別すると言った。

アメリカも人種差別がひどいと言った。

表立って差別を示せば処罰されるため、目につきにくい形で隠れて差別するのだという。

ヨーロッパにも人種差別は多いと言った。

僕たちがそこで暮らしていないからよく知らないだけで、世界中どこでも似たようなものなのだと言った。

祖父は、自分が全羅道出身だったので、ずいぶん差別を受けたと言った。

今は昔のように露骨な地域差別はしなくなったが、そういう差別は今も社会のあちこちにひそかに根を張っていると言った。

祖父は、僕の曾祖父が徴用で連れていかれたとき、日本人から、

「君は本当に朝鮮人らしくないな」

と、よく言われたそうだ。

そして祖父自身も、

「君は本当に全羅道の人らしくないね」

と何度も言われたという。

祖父は、よその地方の人たちからこの言葉を聞くたびに、それが褒め言葉なのか悪口なのか分からず、混乱したそうだ。

祖父は、偏見でがちがちに固まった人々の中で、とてもつらかったと言った。

祖父は、ほかの人が差別するかどうかに関係なく、僕には他人を差別する人間になるなと言った。

だから僕は、絶対にほかの人を差別しないと約束した。

祖父は、僕とは違う人も同じ人間であり、その人も当然、人間として尊重されなければならないと言った。

社会で大きなことをするのも大切だろうけれど、こういう小さなことが世界を少しよくするのだと言った。

僕は祖父のこの話が、全部どういう意味なのかよく分からない。

でも、これだけは確実に分かる。

ドンワンのお母さんがモンゴル人だからといって、ドンワンが差別されてはいけない。

シシナおじさんがスリランカ出身だからといって、差別されてはいけない。

父さんがクラシックコンサートのチケットを四枚予約した。

父さん、母さん、僕、バドゥギの四人で行くわけではなく、バドゥギの代わりにヒジョンが行く。

父さんが母さんの誕生日プレゼントとして、コンサートのチケットを買ったそうだ。

演奏曲は、この前うちの家庭に不和を起こしかけた、マーラーの『交響曲第9番』だ。

うちの父さんがヒジョンのお父さんとお母さんに、一緒にコンサートへ行かないかと誘ったら、絶対に行かないと言ったそうだ。

ヒジョンのお父さんは、トゥルーカラーズかフラッシュガールのコンサートならともかく、マーラーにはそそられないんだとか。

ヒジョンのお母さんも、クラシック音楽にはあまり興味がないそうだ。

ヒジョンのお兄さんとヒジョンの芸術的感性は、両親から受け継いだものではないらしい。

父さんは芸術の殿堂コンサートホールのC席を四枚予約したと言うけれど、どうも最前列ではなさそうだ。

前から三列目くらいかな?

ヒジョンと父さんの作業部屋で、マーラーの『交響曲第9番』を聴いた。

ところが第一楽章が終わる前から、退屈でじっとしていられなくなり、死ぬかと思った。

ヒジョンも、これはちょっと違うと思ったのか、

「何、この音楽?」

と言うではないか!

僕はマーラーをやめて、リー・オスカーの『My Road』をかけた。

落ち着かなかった心が、ようやく少し静まった。

ヒジョンも、こっちのほうがずっといいと言う。

危うく黄金のような日曜の午後を、マーラーのせいで台無しにするところだった。

芸術の殿堂コンサートホールのC席は、前から三列目ではなく、VIP席、R席、S席、A席、そしてB席の次に安い、いちばん下の席だった。

芸術の殿堂コンサートホールの三階いちばん上で、音楽を聴かなければならないそうだ。

うわあ!

しかもC席は、たった一万ウォンだ。

「俺を何だと思ってるんだ。大企業の会長か?」

と父さんが堂々と言った。

そして僕に、行きたくなければ行かなくていいと言う。

マーラーの変な音楽を聴くために、わざわざ遠い遠い芸術の殿堂まで行く必要があるのか、悩んでいる。

一日じゅう、ラジオからイ・ヨンの『忘れられた季節』が流れている。