1月 猫救出大作戦
1月1日 日曜日
新年になったけれど、昨日と特別に変わったことは何もない。朝6時から起きて、日の出を見るんだと大騒ぎした。7時にコンドミニアムをチェックアウトして、霊琴亭へ行った。駐車場はすでに満車だった。どうにか車を止め、僕たちは見晴らしのいい場所に陣取った。7時20分になっても、太陽はまだ昇る気配すらなかった。突然、叔父さんが、
「太陽だ!」
と叫んだが、それは太陽ではなく、イカ釣り船の明かりだった。
7時40分ごろ、ついに太陽が海から昇り始めた。ヒジョンと僕は手をつなぎ、お互いの顔を見て笑った。
僕たちは急いで記念写真を撮り、車に乗ってソウルへ出発した。少しでも出遅れたら、ミシリョン・トンネルを抜けるだけで何時間もかかるとジョンス叔父さんに脅されたからだ。僕たちがミシリョン・トンネルへ向かって走っているころには、太陽はもう僕たちの頭の上に浮かんでいた。
ミシリョン・トンネルを無事に通過してから、ヨンデリの干しスケトウダラ村で朝ごはんを食べた。今度は誰も焼酎を欲しがらなかった。うちの父さん以外の父親たちは、明日から仕事だからだ。仕事のことを考えたら、酒なんてまったくおいしくないだろう。
叔父さんのおかげでぐずぐずせず早く出発したせいか、少しも渋滞せず無事にソウルへ着いた。
1月2日 月曜日
母さんは会社へ行き、父さんは作業部屋で文章を書いている。
僕は今年の計画表を作った。
― ホ・ビョク様の新年計画表 ―
- ヒジョンに忠誠を尽くす!
- 階段では走らない。(ヒジョンからの指摘事項)
- ごはんを早食いしない。(これもヒジョンからの指摘事項)
- 姿勢を正す。(これもヒジョンからの指摘事項)
- 本を読んだら、父さんの本棚へちゃんと戻す。
- 本を途中でやめず、最後まで読む。
- 自転車には気をつけて乗る。
- バドゥギの家をきれいに掃除する。
- 困っている人を見たら助ける。
- 両親の言うことをよく聞く。特に母さんの言うことをよく聞く。
- 父さんの言うことは、よく選んで聞く。(これは父さんからの要望事項)
- 勉強を一生懸命する。
- 音楽と美術の勉強をする。(常識があまりにも不足している)
1月3日 火曜日
母さんが僕の新年計画表を見ると、褒めてくれた。10番の「両親の言うことをよく聞く。特に母さんの言うことをよく聞く」と、11番の「父さんの言うことは、よく選んで聞く」を見て、感心だと言った。
母さんは父さんにも新年計画表を作るように言った。
ところが父さんは、自分は子どもじゃないと言って抵抗した。この前サバティカル計画表も出したんだから、それでいいじゃないかと言った。
父さんはキリギリスみたいにサバティカル休暇を楽しんでいるうちに、ずいぶん肝が据わってきたようだ。
母さんが、それはそれ、これはこれで、新年計画表も必要だと言うと、父さんは笑いながら大丈夫だとしか言わない。
母さんは、父さんが自分で新年の計画を立てないのなら、自分が直接決めてあげると言った。
父さんはあっさり、そうしてくれと言った。
そこで母さんは父さんの新年計画を、こう決めた。
― 父さんホ・スジョンの新年計画表 ―
- むやみに食べ続ければ、豚になるのは免れない。
- 食後に歯を磨かなければ、入れ歯になるのは免れない。
- むやみやたらに金を使えば、乞食になるのは免れない。
- 妻の言うことを聞かなければ、独り者になるのは免れない。
母さんは父さんの新年計画表を印刷し、父さんの作業部屋と寝室に貼っておいた。
父さんの顔には、不安の色がありありと浮かんでいる。
特に4番に大きく動揺しているようだ。
1月4日 水曜日
ヒジョンと一緒に、区役所が運営する保育園へボランティアに行ってきた。
冬休みのあいだ、毎週水曜日の朝9時から1時までボランティアをすることにした。
実際、ボランティアといっても、先生がちびっ子たちを集めるのを手伝い、ちびっ子たちがおやつを食べるのを手伝い、ちびっ子たちが遊ぶのを手伝い、ちびっ子たちが散らかした靴箱を片づけるのを手伝い、ちびっ子たちが昼ごはんを食べるのを手伝い、先生が掃除するのを手伝い、汚れた窓ガラスを拭くのを手伝い、昨日降った雪を片づけるのを手伝うだけだ。
ああ、腰が痛い!
ヒジョンが昨日のボランティアのあと、体調を崩した。
非常事態だ。
1月5日 木曜日
今朝、ヒジョンのお見舞いに行ってきた。
昨夜ぐっすり眠ったせいか、ヒジョンの具合は心配したほど悪くなかった。
ヒジョンのお母さんが作ってくれたココアを一緒に飲んで、家へ帰った。
家へ帰ると、バドゥギが跡形もなく消えていた。
門も確かに閉まっていたのに、きれいさっぱりいなくなっていた。
父さんに聞くと、父さんも知らないと言う。
父さんは午前中ずっと作業部屋にいたそうだ。
門以外に、バドゥギが外へ出られる場所は一か所もない。
僕はシャーロック・ホームズになって、家の中を隅々まで調べた。
いつもと変わったところは一つもなかった。
ただ、一つ気になるのは、バドゥギの餌入れまで一緒に消えていたことだ。
僕が父さんに、バドゥギの餌入れもなくなっていると言うと、父さんは犬泥棒が入ったらしいと言った。
僕は両脚から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
父さんと一時間以上、近所を探し回ったけれど、バドゥギの痕跡は見つからなかった。
僕は泣きすぎて、両目がぱんぱんに腫れてしまった。
父さんは僕に、別の子犬を一匹買ってやると言ったけれど、気持ちは晴れなかった。
うちのバドゥギの代わりなんて、絶対にほかの子犬にはできない。
へとへとになって門を開けると、庭でバドゥギが尻尾を振りながら僕のところへ走ってきた。
父さんと僕は驚きすぎて、ぼう然とお互いの顔を見た。
「バドゥギ、お前いったいどこへ行ってたんだ?」
「ワンワンワン」
僕はうれしくて、バドゥギを抱きしめ、何度もなでてやった。
ところがバドゥギは何度も体を引き、僕のズボンを噛んで引っぱった。
そして家の裏へ素早く走っていった。
バドゥギが振り返って僕たちを見ながら吠えたので、父さんと僕は何かおかしいと気づき、後を追った。
もう心配は全部消え、そこにいったい何があるのか気になった。
バドゥギは家の裏の塀の下にできた小さな穴から外へ出た。
このやろう、こんなところに小さな穴を掘って、飼い主に黙って外出してたのか。
まさか僕に黙って外泊までしてたんじゃないだろうな。
このけしからんやつ!
バドゥギは塀の向こうで、ずっとワンワンワンと吠えていた。
父さんと僕は塀を越えられないので、門から外へ出て家の裏へ回った。
バドゥギは僕たちを見ると走り出した。
父さんと僕はバドゥギを追いかけて、しばらく走った。
バドゥギは路地の突き当たりにある排水口の前で止まった。
そして僕たちに早く来いというように吠えた。
排水口の中には、母猫一匹と子猫三匹が、力尽きて死にかけていた。
父さんはコートを脱ぎ、子猫三匹をそっと包んだ。
母猫が一度うなったけれど、バドゥギがワンワン吠えると、母猫は落ち着いた。
僕も父さんのようにコートを脱ぎ、母猫をそっと包んだ。
バドゥギは排水口の奥に落ちていた自分の餌入れをくわえた。
僕たちは急いで家へ戻った。
父さんはまず物置からいちばんきれいな箱を一つ取り出し、一面に穴を開けて入口を作り、柔らかい毛布を敷いた。
それから母猫と子猫をぬるま湯で洗い、ドライヤーで乾かした。
僕は猫たちが飲めるように、牛乳を四皿用意した。
バドゥギは猫たちを僕たちに押しつけると、リビングと二階の部屋を見物していた。
バドゥギは庭で暮らしているので、一度も家の中へ入れたことがなかった。
いつも玄関までが最終防衛線だった。
バドゥギが快適なリビングを見て、僕に裏切られた気分にならなければいい。
夕方、母さんが仕事から帰るなり、どうしてバドゥギが庭ではなくリビングにいるのかと聞いた。
父さんはまず母さんをソファに座らせ、事件の一部始終を詳しく報告した。
母さんは深いため息をついた。
母さんは、これから猫まで飼わなければならない状況に、ひどく落胆したように見えた。
でも、それは僕の勘違いだった。
母さんはリビングの隅に置かれた箱の中の猫たちを見ると、かわいいと言って大喜びした。
母さんは父さんと僕、そして今日の最大の功労者バドゥギに、立派なことをしたと褒めてくれた。
特にバドゥギは、母さんが用意した特別料理まで食べさせてもらった。
ところが食事が終わると、庭にある自分の家へ戻らなければならなかった。
すまない、バドゥギ。
うちの母さんは、公私の区別が厳しいんだ。
1月6日 金曜日
朝、父さんと一緒にバドゥギの秘密の通路をふさいだ。
バドゥギはとても残念そうな顔をしていたけれど、仕方がない。
バドゥギが猫を救出したのは立派なことだけれど、僕に黙って外出や外泊をしたことは、とても見過ごすわけにはいかない。
小心者の犬の飼い主なら、きっと裏切られた気分にまでなったはずの事件ではないだろうか?
バドゥギに、もう一度でも一人で家の外をうろついたら、庭にいるときもリードをつけるぞと警告した。
僕も母さんから学んで、公私の区別を厳しくしているのだと、バドゥギにきっちり教えてやった。
こいつが僕の言葉を理解したのか、しょんぼりした顔になった。
1月7日 土曜日
ジョンス叔母さんの家で数学と英語の勉強を終え、ヒジョンと一緒にうちへ来た。
家へ帰る途中、バドゥギの武勇伝をヒジョンに話すと、ヒジョンは、うちのバドゥギは本当に珍島犬の遠い親戚なのかもしれないね、と笑った。
父さんが昼ごはんにチャーハンを作ってくれた。
父さんがラーメン以外でいちばん上手に作れる料理はチャーハンだ。
父さんは母さんに習って基本的なおかずくらいは作るけれど、そのほとんどは、おいしく食べるというより生きるために食べる水準だ。
父さんが家事を担当するようになってから、実を言えば僕の栄養状態は深刻な不均衡状態にあると言える。
とにかく、長いあいだチャーハン一つだけを集中研究してきたおかげなのか、味は絶品だった。
ヒジョンも、世界でいちばんおいしいチャーハンだと惜しみなく褒めた。
父さんは今日、チャーハンをおいしく炒める秘訣をついに大公開した。
冷やごはんを使って炒めることだそうだ。
いや、それなら熱いごはんでチャーハンを作る人もいるというのか?
僕たちは昼ごはんを終え、みんなで父さんの作業部屋へ下りた。
父さんは慌てて、作業部屋の壁に貼ってある新年計画表をはがそうとしたけれど、もう遅かった。
ヒジョンの口元は、すでに耳まで上がっていた。
ヒジョンは僕の新年計画表を見ると、とても気に入ったようだった。
特に1番の「ヒジョンに忠誠を尽くす」を見て、満足そうだった。
ヒジョンが喜ぶので、僕の胸までいっぱいになった。
父さんは僕たちに、デイヴ・ブルーベックの『Time Out』というアルバムをかけてくれた。
すると、とても聞き覚えのある曲が流れてきた。
前にプンオパン兄ちゃんが教えてくれた、『Take Five』という楽しい曲だった。
ヒジョンと僕がこの曲を聴きながら楽しんでいると、父さんは、この曲を作曲したのはポール・デスモンドだと教えてくれた。
父さんによると、ブルーベックとデスモンドが一緒にアルバムを作ると名曲が生まれるのに、それぞれソロアルバムを出すと、不思議なくらい平凡で退屈な音楽になるそうだ。
たぶんブルーベックとデスモンドの関係は、ヒジョンと僕の関係みたいなものなのだろう。
1月8日 日曜日
子猫たちは急速に元気になっている。
母さんと父さんは、猫たちを飼うかどうかまだ決められずにいる。
実を言えば父さんと僕は、飼おうとは言える立場ではない。
母さん一人が、父さんと僕とバドゥギまで食べさせているからだ。
母さんは、猫たちが完全に回復するまで決定を保留しようと言った。
1月9日 月曜日
最近、父さんは作業部屋でぶらぶら遊んでばかりいる。
母さんが仕事から帰って、
「今日もちゃんと書いた?」
と聞くと、父さんは、
「うん。頑張ってるよ」
と答える。
ところが僕が作業部屋へ下りてみると、父さんは音楽を聴いているか、本を読んでいるだけだ。
もちろん父さんによれば、これも全部、作業の一部なんだそうだ!
1月10日 火曜日
ヒジョンと将来について、たくさん話をした。
ヒジョンは普通高校へ行くか、それとも美大へ行くために芸術高校へ行くか悩んでいると言った。
「お前の実力なら科学高校にも行けるだろ?」
「うちの母さん、そういう高校嫌いなんだって」
「どうして?」
「どうせ大学を出て会社勤めするなら、そんなの何の意味があるのって。母さんも長いこと会社勤めをしてきたからなのか、お兄ちゃんにも私にも、自分の好きなことをするのがいちばんだって言ってる」
「でも、みんな科学高校へ行きたがるじゃないか?」
「そこは勉強のできる子ばかり集まるから、もっと競争が激しいんだって。だから私が望まないなら、行かせたくないって」
「本当に?」
「うん。私もそこは嫌。うちの従兄や従姉を見ても、いい大学を出たのに就職できなくて大騒ぎしてる。でも、いざ会社に入ったら、毎日疲れて死にそうだって言ってばかり」
「プンオパン兄ちゃんも、似たようなことを言ってたことがある」
「ビョクのお父さんみたいに、自分のやりたいことをするのがいちばんいい気がする。うちのお父さんも、いつか時が来たら映画を撮るって言ってるよ」
「本当に?」
「今は小さいカメラさえあれば、一人で撮影して、パソコンで編集もできるんだって。映画を撮るのに、必ず俳優がいなきゃいけないわけでもないって。お父さんが何を撮るのか分からないけど、楽しみ」
「ドンワンは裁判官になるって言ってたけど」
「うん。あの子ならうまくやれそう。そう思わない?」
「うん」
「私もお兄ちゃんみたいに美大へ行こうかなって悩んでる。この前、お兄ちゃんが私に素質があるからアトリエに通ってみたらって言ったの」
ヒジョンの顔が少し真剣になった。
「うちの母さんと父さんは、二人とも賛成してる。でも私は、本当に美術がやりたいのかまだよく分からない」
「どうして? お前、絵うまいじゃないか」
「美術の宿題とか詩画展以外では、そんなに絵を描いたことがないの。一人でも絵を描きたいとか、何かを表現したいっていう気持ちが、まだ足りない気がする。うちのお兄ちゃんは一日24時間ずっと絵のことばっかり考えてる」
「お兄ちゃんは、いつから絵を描いてたの?」
「高1の夏休みからアトリエに通ってた。母さんと父さんは反対しなかったけど、学校の先生が反対したんだって。勉強もできるのに、もったいないとか言って。それで、ビョクは?」
「僕? 僕はまだよく分からない」
「ビョクって、本を読む声がすごくいいよ」
今日、僕の夢を「声優」に決めた。
1月11日 水曜日
大きくなっても、何があっても保育園の先生にはならない。
午前中ずっと、ヒジョンと一緒にちびっ子たちの世話をして、死ぬかと思った。
ちびっ子たちは疲れるということを知らない。
本当に鋼鉄の体力だ。
家でいったい何を食べさせているのか、一度調べる必要がありそうだ。
こんなふうに何日かボランティアを続けていたら、最後には僕のほうが奉仕されるんじゃないかと心配だ。
家へ帰ると、子猫たちがリビングをめちゃくちゃにしていた。
ソファのクッションを一つ噛みちぎり、白い綿がリビングの床に雪みたいに積もっていた。
体は千斤万斤みたいに重いのに、リビングの掃除までして、すっかりへとへとになった。
1月12日 木曜日
とうとう体調を崩した。
全身を殴られたみたいに痛い。
保育園の先生たちを、本当に尊敬する。
ジョンス叔母さんに出された数学の宿題を、まだやっていない。
ちょうど土曜日の朝までだけ、具合が悪ければいい。
1月13日 金曜日
ジョンス叔母さんに電話して、明日の数学の授業を休みたいと言った。
叔母さんは、そんなに責任感がなくて何の勉強ができるの、そんなことなら永遠に休みなさいと言った。
僕が、そうじゃなくて具合が悪いんだと言うと、叔母さんは大げさに騒がず、明日の数学の宿題も一つ残らずやって来なさいと言った。
ジョンス叔母さんが子どもを産まなかったのは、本当によかった。
僕の従兄弟になっていたはずのあいつは、叔母さんにせっつかれすぎて、とんでもない反抗児になっていただろう。
午後いっぱい、ジョンス叔母さんに出された数学の宿題をした。
不思議なことに、宿題を全部終えると体調がよくなったような気がする。
まるで数学の宿題のせいで体調を崩したみたいに誤解されそうで怖い。
1月14日 土曜日
ジョンス叔母さんの家で数学と英語の勉強を終え、ヒジョンと一緒に叔母さんが作ってくれたマンドゥククを食べた。
マンドゥククを食べながら、僕は叔母さんに、大きくなったら何になればいいのか悩んでいると言った。
「何かになろうとしないで、何をするかを考えてみなさい」
「そうだな。叔母さんの言うとおりだ。何かになろうとすると、すぐ飽きる。何をするかのほうが大事なんだよ、ビョク」
叔父さんが、いつもの叔父さんらしくないことを言った。
「そうなんですか? どういう意味か、よく分かりません」
ヒジョンが言った。
「もし記者になりたいからって記者になっても、それだけじゃ何にもならない。どんな記者になるかのほうが大事なんだ。記者になって何をするのか、その目標がなきゃいけない。普通の記者なら世の中にいくらでもいる。記者になったからって何かが変わるわけじゃない。何をするかのほうが大事なんだ」
叔父さんが真剣に言った。
「ドンワンの夢は、世界でいちばん公明正大な裁判官になることなんです」
「そうか? うまいこと言ったな。そういうのが夢なんだ。ビョク、お前は何をしたい?」
叔母さんが言った。
「僕ですか? まだよく分かりません」
「じゃあ、ゆっくり考えろよ。まだ中学生なんだから」
叔父さんが笑いながら言った。
「先生は昔、夢があったんですか?」
ヒジョンがジョンス叔母さんに聞いた。
「もちろん、あったよ。飛行機を操縦するパイロットになるのが夢だった。でも、うちは貧しくて、奨学生として大学に受かったのに通えなかった。高校を卒業して6年たって、ようやく大学へ行ったの。ところが今度は、大学を卒業しても年齢のせいで就職できなかった。そのころにはもう30歳だったから。私は自立するために、自分で食べていける仕事を探さなきゃならなくて、結局、学生たちに数学を教えるようになった。夢はあったけど、現実に押されて、こういうふうに生きることになったの。でも今は幸せよ」
「それなら、いいじゃないか」
叔父さんが言った。
「じゃあ、叔父さんは?」
「俺? ジョンス叔母さんと結婚するのが夢だった」
「本当ですか?」
ヒジョンが驚いて聞いた。
「うん。ジョンス叔母さんは大学時代、うちの学校でいちばんきれいで頭もよかった。俺は一学期ずっと、先輩、先輩って後ろをついて回ってた。うちの学科の先輩たちもジョンス叔母さんと付き合いたがってたけど、軍隊から戻ったばかりの俺が叔母さんと付き合ったんだ。それで卒業するまで、学科の先輩たちにずいぶんいじめられた。先輩たちのせいで、本当に死ぬかと思ったよ」
「わあ! 叔父さん、すごい」
「そりゃあな。勇気ある者が美女を得るって言うだろ。うちの学科の先輩たちは、ジョンス叔母さんが好きなくせに、まともに話しかけることすらできなかったんだ」
叔父さんは一度、叔母さんの顔色をうかがってから話を続けた。
「ビョク、お前も知ってるように、お前の叔母さんは普通じゃないだろ。俺は怖がらずに堂々と、付き合ってくれって言ったんだ」
「先生、本当なんですか?」
「もちろん本当よ。叔父さんは私と付き合う前は、Fばかり取ってた落第生だった。でも私と付き合うようになってからは、卒業するまでずっと奨学金をもらってた。私と付き合いたいなら奨学生になれって言ったの。そうしなきゃ卒業して就職もできないでしょう。私は叔父さんに、自分で自分の食い扶持を稼げる人間になったら結婚してあげるって言った。そしたら落第生が、すぐ奨学生になったの。卒業すると、すぐ仕事も見つけたし」
「叔父さんの家では、年上だからって反対しなかったんですか?」
「反対? どうして? むしろ年上と付き合ってるって、うちでは喜んでたよ。俺がちょっと頼りなかったから……」
叔父さんが、からから笑った。
そうだ!
決めた。
これから僕の夢は、ヒジョンと結婚することだ!
1月15日 日曜日
今日は父さんの誕生日だ。
僕は父さんが普段から欲しがっていたモレスキンのノートをプレゼントした。
たかがノート一冊なのに、目玉が飛び出すほど高かった。
でも父さんの作家生活には絶対必要だと思い、思い切ってプレゼントした。
案の定、父さんはモレスキンのノートを受け取ると、とても喜んだ。
父さんはノートにサインまでして、まるで有名作家にでもなったように意気揚々としていた。
母さんは父さんに、丸山健二の『小説家の覚悟』という本をプレゼントした。
父さんの顔から血の気が引いた。
どんな本なんだろう?
母猫と三匹の子猫は、シシナおじさんが連れていった。
おじさんの勤めている工場で、四匹とも飼うことになったからだ。
僕たちはみんな父さんの車に乗って、シシナおじさんの工場へ行った。
もちろん猫救出の最大の功労者だったバドゥギも一緒に行った。
キッチン家具を作る工場だったけれど、心配していたのとは違って、とても大きくてきれいだった。
おじさんは僕たちを工場の裏へ連れていき、新しく作った猫の家を見せてくれた。
猫の家は、うちのバドゥギの家よりずっと大きくてきれいだった。
父さんと僕は安心して、四匹の猫をシシナおじさんに預けることができた。
バドゥギも、とても満足そうな顔をしていた。
1月16日 月曜日
丸山健二は本当にすごい作家だ。
『小説家の覚悟』をほんの数ページ読んだだけなのに、全身に電気が走るような感じがした。
この本を全部読んでから、自分の夢についてもう一度考えてみることにした。
広い大海原で灯台を見つけたような気分だった。
父さんは、母さんが『小説家の覚悟』をプレゼントした本当の意味を理解するべきだ。
僕が見ても、父さんは今、小説を書いているとはいうけれど、小説家としての覚悟があまりにも足りない気がする。
サバティカル休暇も、もう半分しか残っていないのに、どうするつもりなのか分からない。
まさか父さんは、サバティカル休暇がまだ半分も残っていると思っているんじゃないだろうな?
1月17日 火曜日
父さんは作業部屋で、ずっと何かを書いている。
いつごろ完成した作品が出てくるんだろう?
父さんは、まだ影泥棒の話を書いているのだろうか?
気になる。
父さんは覚悟を新たにしたようだ。
今日、『小説家の覚悟』を読んでいて、僕の心の灯にしてもよさそうな文章を見つけた。
どうやら僕は少し焦りすぎていたようだ。
これから誰かに夢について聞かれたら、この文章を引用してやろう!
私はそのころには、もう船乗りになることを諦めていた。だが、挫折したわけではなかった。なぜなら船乗りになるための努力を何一つしていなかったのだから、挫折と呼ぶことはできなかった。それは一方で、私の可能性がまだ十分に、無限に残されているということでもあった。これだと思える道が見つかれば、そこへ全力投球すればいいのだから、その道が見つかるまでは、のんびりしていようと思った。
ようやく少し気が楽になった。
僕は『小説家の覚悟』なんか読むのをやめ、『シャーロック・ホームズ』を読みながら夕方を過ごした。
やっぱりこっちの本のほうが僕の水準に合っているし、面白い。
また人生が楽しくなった。
余計な悩みをしていたのだ。
1月18日 水曜日
保育園のボランティアに行ってきた。
少し仕事に慣れてきたせいか、今日はあまり大変ではなかった。
ちびっ子たちも、僕とヒジョンの言うことをよく聞く。
こうして見ると、ちびっ子たちはなかなかかわいい。
だからといって、保育園の先生になりたい気持ちは、目くそほどもない。
旧正月まで、もう何日もない。
一年でいちばん大きな稼ぎどきだ。
普段あまり連絡していない大人たちにも、一人残らず挨拶に行かなければ。
実際、こういうときでなければ、いつ挨拶するというのか?
もちろん、お年玉のためでは絶対にない。
1月19日 木曜日
うわあ!
叔父さんが帰国する。
叔父さんは父さんより6歳年下の弟だ。
叔父さんは仕事のため、3年前に中国の北京へ行った。
そこで駐在員として働いていたが、今回すべて整理してソウルへ戻ってくるそうだ。
駐在員として働き始めた最初の年は、ひと月も空けずにソウルへ帰ってきていたけれど、去年から仕事があまりにも忙しくて、土曜日も日曜日もなく働いていた。
叔父さんが北京にいるあいだ、一度遊びに行けばよかった。
少し残念だ。
叔父さんが、必ず旧正月の前に帰ってくればいいのに……。
もちろん、お年玉のためでは絶対にない。
祝日は家族と一緒に過ごすべきじゃないか?
1月20日 金曜日
今日は祖父の誕生日だ。
うちの家族は、どうして誕生日がみんな冬に集中しているのか分からない。
祖父に尊敬の気持ちを込めて、ハンカチセットをプレゼントした。
手をよく洗う祖父には、いちばん必要なプレゼントだろう。
おじいちゃん、お誕生日おめでとうございます。
いつまでも元気でいてください!
1月21日 土曜日
叔父さんが帰ってきた。
僕はジョンス叔母さんの家で勉強を終えると、まっすぐ祖父の家へ走っていった。
叔父さんは僕を見ると手を差し出し、握手を求めてきた。
うわあ!
やっぱり叔父さんは違う。
僕はもう、誰にでも頭をなでられるのが嫌だ。
僕は「For Men」と「HOMME」と書かれた化粧品を使う男なのだ。
叔父さんはまだ旧正月にもなっていないのに、これで小遣いにしろと言って、金一封を下賜してくださった。
叔父さんはしばらく祖父の家で暮らしながら、住む家を探すそうだ。
祖母が、中国から送った引っ越し荷物はないのかと聞くと、叔父さんはそんなものはないと言った。
叔父さんはいつも、バッグ一つだけ持って歩く。
完全なタフガイそのものだ。
シシナおじさんを殴ったやつ、叔父さんに会ってみろ!
1月22日 日曜日
父さんは旧正月の連休なのに、作業部屋に閉じこもったまま出てこない。
たぶん母さんが誕生日プレゼントにくれた『小説家の覚悟』のせいだ。
小説さえ書かなければ、小説家はかなり楽な職業のように思える。
朝起きてコーヒーを飲み、音楽を聴き、本を読み、散歩をして、ただぶらぶらしていればいいようだ。
でも、小説家には深刻な問題が一つある。
小説を書かなければならないということだ。
これは覚悟を決めればできるというものでもなさそうなので、かなり難しい気がする。
夕方、父さんに食事だと知らせるため作業部屋へ下りると、父さんは僕が来たことにも気づかず仕事をしていた。
父さんの覚悟が、どんな作品を生み出すのか楽しみだ。
1月23日 月曜日(旧正月)
旧正月だ。
朝早く祖父の家で祭祀を行い、セベもした。
もちろん、お年玉もしっかりいただいた。
叔父さんは何日か前にご祝儀袋をくれたのに、またお年玉をくれた。
それはそれ、これはこれだそうだ。
ジョンス叔母さんは叔父さんと一緒に嫁ぎ先へ行っているので、明日、セベをしに行かなければならない。
僕は朝ごはんにトッククを食べ、ヒジョンの家へセベをしに行った。
ヒジョンのお父さんとお母さんは、僕にセベがとても上手だと褒めてくれた。
そして、お年玉もたっぷりくれた。
ヒジョンのお父さんは、お年玉でヒジョンとおいしいものでも食べて遊べと言った。
勉強ばかりせず、よく遊ぶことのほうが大事だと言った。
僕は心の中だけで、
〈お義父さん、それは心配しないでください。遊ぶことなら自信がありますから〉
と言った。
体面もあるし、場所が場所だけに、口に出して言うのはちょっとどうかと思う。
ヒジョンのお母さんは、
「うちのビョク、新年もヒジョンと仲よくしてね」
と新年の言葉をかけてくれた。
これは完全に僕を婿候補だと思っているという意味じゃないか!
ヒジョンと一緒に祖父の家へ行き、セベをした。
ヒジョンは祖父、祖母、母さん、父さん、叔父さんからお年玉をもらった。
ヒジョンと僕は、小さなマンション一軒くらい買えるほど金持ちになったような気分だった。
ヒジョンと僕は、明日の朝会ってデートすることにした。
ジョンス叔母さんに出された数学の宿題は、あらかじめ全部終わらせた。
明日ヒジョンとデートしながら、数学の宿題なんか心配したくなかったからだ。
1月24日 火曜日
母さんが、朝ごはんを作っている父さんに、近いうち旅行会社の社員を二、三人増やさなければならないと言った。
でも僕は、新しい社員を採用するより、父さんを母さんの会社に就職させるほうがいいと思う。
父さんはすでに、ボスとしての母さんのことをよく分かっているではないか。
父さんは母さんの表情を見るだけで何をすべきか察し、母さんの服装だけで母さんの機嫌を判断し、母さんの声のトーンを聞くだけで警戒警報を出すべきか、すぐ判断できる。
でも母さんの会社の社員たちが、どう思うかは分からない。
僕は朝ごはんを食べるなり、すぐヒジョンの家へ行った。
今日はポケットにお金もたっぷり入っているので、それにふさわしい格好をした。
僕がいちばん大切にしている白いズボンに黒いセーターを着た。
その上にウールのコートを羽織り、マフラーまで巻いた。
これなら僕が見ても、なかなか格好いい。
ヒジョンのお母さんが玄関を開けながら、
「あら、ビョク、格好よくおしゃれしたのね」
と褒めてくれた。
ヒジョンはジーンズに白いセーターを着て、その上に赤いダッフルコートを羽織っていた。
僕がプレゼントしたマフラーまで巻くと、天使そのものだ。
ヒジョンのお母さんが、変な人たちには気をつけなさいと僕たちに注意した。
僕たちは、
「はい!」
と大きな声で答えた。
教保文庫は旧正月の連休なのに営業していた。
休日に働いている店員さんたちに、少し申し訳ない気持ちになった。
書店で本を見ていると、ヒジョンが僕にマリオ・バルガス=リョサの『若い小説家への手紙』をプレゼントしてくれた。
ノーベル文学賞を受賞した小説家が、僕のために書いた手紙ではないか!
今、僕の胸がどれほどいっぱいなのか、この世の誰にも分からないだろう。
いや、誰にも分かる必要はない。
ヒジョンと僕だけ分かっていればいい。
1月25日 水曜日
午前中は保育園のボランティア、午後は冬休みの宿題をしながら一日を過ごした。
若い小説家に、どうして冬休みの宿題が必要なのか分からない。
1月26日 木曜日
毎晩、ヒジョンがプレゼントしてくれた『若い小説家への手紙』をぎゅっと抱きしめて眠っている。
読むのがあまりにももったいなくて、まだ最初のページすら開いていない。
1月27日 金曜日
『若い小説家への手紙』が消えた。
僕の部屋をシラミを探すようにひっくり返したけれど、どこにあるのかまったく分からない。
非常事態!
非常事態!
非常事態!
1月28日 土曜日
朝ごはんを食べていると、父さんが、
「面白かったよ」
と言いながら、『若い小説家への手紙』を僕に差し出した。
僕は、
「父さん! 僕がこの本をどれだけ探したと思ってるんですか!」
と叫んだ。
父さんは、
「そうだったの?」
と、大したことでもないように答えた。
僕は本のどこかが傷んでいないか、ぱらぱらめくって調べた。
ところがページのあちこちに、赤いスープの染みがついていた。
僕が父さんに、これは何なのかと聞くと、父さんはラーメンを食べながら本を読んでいたので、汁が少し飛んだと言った。
うわあああ!
ジョンス叔母さんの家で数学と英語の勉強を終えるなり、教保文庫へ走っていった。
ところが『若い小説家への手紙』は今、在庫切れだという。
僕は全身がぶるぶる震えた。
案内デスクのお姉さんが、光化門の教保文庫に一冊だけ在庫があると教えてくれた。
僕は急いで光化門の教保文庫へ走った。
僕がそこへ着くまでのあいだに、誰かがその本を買ってしまいそうで、胸がどきどきした。
幸い『若い小説家への手紙』は、誰にも買われず、そのまま残っていた。
僕はその本を買い、ぎゅっと抱きしめて家へ帰った。
僕はベッドの上に二冊の本を並べ、長いあいだ、どちらの本をもっと愛するべきか真剣に悩んだ。
僕は結局、ラーメンの汁が飛び散って汚れた本を、ぎゅうっと抱きしめた。
教保文庫光化門店で買ってきた本は、父さんにプレゼントした。
父さんは僕を抱きしめながら、ありがとうと言った。
〈父さん、今書いている小説を早く完成させて、僕に見せてください〉
と、僕は心の中で言った。
1月29日 日曜日
ぼんやりしているうちに、もう明日が始業式だ。
冬休みと春休みのあいだに、どうして学校へ行かなければならないのか分からない。
普通の授業もあまりないのに、そのままずっと休みにしてはいけないのだろうか?
1月30日 月曜日
学校が始まった。
自習時間に、ヒジョンがプレゼントしてくれた本を取り出して読んだ。
ドンワンとジョングが何の本かと聞いたけれど、僕は答える代わりに、ふっと笑っただけだった。
1月31日 火曜日
ヒジョンがプレゼントしてくれた、つまり父さんがラーメンの汁をあちこちにつけた、マリオ・バルガス=リョサの『若い小説家への手紙』を全部読み終えた。
これから僕の夢は、小説家だ。
これから先、この夢は絶対に変わらない。
今日、僕は小説家としての覚悟も心に刻んだ。
― 小説家ホ・ビョク様の覚悟 ―
- 体の中にサナダムシを一匹飼う。
- サナダムシと一緒に映画も見て、書店にも行く。これからはいつも一緒だ。
- 僕はサナダムシの言うとおりにし、サナダムシの忠実なしもべになる。
まさか、そのサナダムシがヒジョンってことはないよな?